・・・そして自分の出来るだけ忠実に働いて、叔父が我が挙動を悦んでくれるのを見て自分も心から喜ぶ余りに、叔母の酷さをさえ忘れるほどであった。それで二度までも雁坂越をしようとした事はあったのであるが、今日まで噫にも出さずにいたのであった。 ただよ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・そしたらまた犬が喜ぶ! 眼下の線路を玩具のような客車が上りになっているこっちへ上ってくるのが見えた。疲れきったようなバシュバシュという音がきこえる。時々寒い朝の呼吸のような白い煙を円くはきながら。 * その暮れ方、土・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・ と御酒機嫌とは云いながら余程御贔屓と見えまして、黄金を一枚出された時に、七兵衞は正直な人ゆえ、これを貰えば嘸家内が悦ぶだろうと思い、押戴いて懐へ突っ込んで玄関へ飛出しました。殿「あれ/\七兵衞が何処かへ往くぞ、誰か見てやれ」 ・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・よく見ればそこにも流行というものがあって、石蹴り、めんこ、剣玉、べい独楽というふうに、あるものははやりあるものはすたれ、子供の喜ぶおもちゃの類までが時につれて移り変わりつつある。私はまた、二人の子供の性質の相違をも考えるようになった。正直で・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・と言ってみんなで喜ぶ。爺さんは顔じゅうを皺にして、「わしらはあんたが往んなんしたあと、いつまでもあんたの事ばかり話していたんぞ」とにこにこする。「はあ死ぬまで会われんのかいと思うたに」と母親が言う。自分は小さい時の乳母にでも会ったよ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
徳富猪一郎君は肥後熊本の人なり。さきに政党の諸道に勃興するや、君、東都にありて、名士の間を往来す。一日余の廬を過ぎ、大いに時事を論じ、痛歎して去る。当時余ひそかに君の気象を喜ぶ。しかるにいまだその文筆あるを覚らざるなり。・・・ 田口卯吉 「将来の日本」
・・・これだけの油だったら、三百デナリもするではないか、この油を売って、三百デナリ儲けて、その金をば貧乏人に施してやったら、どんなに貧乏人が喜ぶか知れない。無駄なことをしては困るね、と私は、さんざ叱ってやりました。すると、あの人は、私のほうを屹っ・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・物を遣れば喜ぶ。装飾品が大好きである。それはこの女には似合わしい事である。さてそんならその贈ものばかりで、人の自由になるかと云うと、そうではない。好きな人にでなくては靡かない。そしてきのう貰った高価の装飾品をでも、その贈主がきょう金に困ると・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・現在ではただ与えられたいわゆるスターの生地とマンネリズムとを前提として脚色はあとから生まれるから、スター崇拝者は喜ぶであろうが、できたものは千編一律である。もっともこれは日本の映画に限らない世界的の傾向かもしれないが、自分の不満はこの一般傾・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・しかしながら大逆罪の企に万不同意であると同時に、その企の失敗を喜ぶと同時に、彼ら十二名も殺したくはなかった。生かしておきたかった。彼らは乱臣賊子の名をうけても、ただの賊ではない、志士である。ただの賊でも死刑はいけぬ。まして彼らは有為の志士で・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫