・・・少年は今はもう羨みの色よりも、ただ少年らしい無邪気の喜色に溢れて、頬を染め目を輝かして、如何にも男の児らしい美しさを現わしていた。 それから続いて自分は二尾のセイゴを得たが、少年は遂に何をも得なかった。 時は経った。日は堤の陰に落ち・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・伊馬鵜平君にも、私はその食通の定義を教えたのであるが、伊馬君は、みるみる喜色を満面に湛え、ことによると、僕も食通かも知れぬ、と言った。伊馬君とそれから五、六回、一緒に飲食したが、果して、まぎれもない大食通であった。 安くておいしいものを・・・ 太宰治 「食通」
・・・メロスも、満面に喜色を湛え、しばらくは、王とのあの約束をさえ忘れていた。祝宴は、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、人々は、外の豪雨を全く気にしなくなった。メロスは、一生このままここにいたい、と思った。この佳い人たちと生涯暮して行きたいと願・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・ 悌が最も素直に一同の希望を代表して叫び、彼等は喜色満面で食卓についた。ところが、変な顔をして、ふき子が、「これ――海老?」といい出した。「違うよ、こんな海老あるもんか」「海老じゃないぞ」「何だい」 口々の不平を・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 尾世川は、文字通り救われた喜色で面じゅうを照り輝かせた。「そう願えりゃそれに越したことはないですが。――かまわないですか、貴女みたいに若い御婦人の行かれるところじゃ無いんじゃないですか」「その人を訪ねて行くんですもの平気でしょ・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫