・・・ですから新蔵は電話口を離れると、まるで喪心した人のように、ぼんやり二階の居間へ行って、日が暮れるまで、窓の外の青空ばかり眺めていました。その空にも気のせいか、時々あの忌わしい烏羽揚羽が、何十羽となく群を成して、気味の悪い更紗模様を織り出した・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ なかば喪心の童子の鼻柱めがけて、石、投ぜられて、そのとき、そもそも、かれの不幸のはじめ、おのれの花の高さ誇らむプライドのみにて仕事するから、このような、痛い目に逢うのだ。芸術は、旗取り競争じゃないよ。それ、それ。汚い。鼻血。見るがいい、君・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・幾日も喪心者のようになって彷徨したと云っている。一つは年の若かったせいでもあろうが、その時の心持はおそらくただ選ばれたごく少数の学者芸術家あるいは宗教家にして始めて味わい得られる種類のものであったろう。三 アインシュタインの・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫