一 十一月に入ると、北満は、大地が凍結を始める。 占領した支那家屋が臨時の営舎だった。毛皮の防寒胴着をきてもまだ、刺すような寒気が肌を襲う。 一等兵、和田の属する中隊は、二週間前、四平街を出発し・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・レールを挾んで敵の鉄道援護の営舎が五棟ほど立っているが、国旗の翻った兵站本部は、雑沓を重ねて、兵士が黒山のように集まって、長い剣を下げた士官が幾人となく出たり入ったりしている。兵站部の三箇の大釜には火が盛んに燃えて、煙が薄暮の空に濃く靡いて・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・河畔の営舎の昼飯後の場面が、どこかのどかでものうげで、そうして日光がまぶしいといったような気持ちをだしている。そこにかえって「裏側から見た戦争」というものがわりによく出ているようである。こういう所のおもしろみはやはり映画にのみ可能なものであ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・映画はそれほどおもしろいとは思わなかったが、その中でトロイカの御者の歌う民謡と、営舎の中の群集の男声合唱とを実に美しいと思った。もっと聞きたいと思うところで容赦なく歌は終わってしまう。 「ハイデルベルヒの学生歌」でも窓下の学生のセレネー・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・みんな列をほごしてじぶんの営舎に帰りました。 烏の大尉は、けれども、すぐに自分の営舎に帰らないで、ひとり、西のほうのさいかちの木に行きました。 雲はうす黒く、ただ西の山のうえだけ濁った水色の天の淵がのぞいて底光りしています。そこで烏・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
出典:青空文庫