・・・歌としては秀逸ならねど彼の性質、生活、嗜好などを知るには最便ある歌なり。その中にたのしみはあき米櫃に米いでき今一月はよしといふ時たのしみはまれに魚烹て児等皆がうましうましといひて食ふ時など貧苦の様を詠みたるもあり。 ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・○くだものの嗜好 菓物は淡泊なものであるから普通に嫌いという人は少ないが、日本人ではバナナのような熱帯臭いものは得食わぬ人も沢山ある。また好きという内でも何が最も好きかというと、それは人によって一々違う。柿が一番旨いという人もあれば、柿・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・複雑的美 思想簡単なる時代には美術文学に対する嗜好も簡単を尚ぶは自然の趨勢なり。わが邦千余年間の和歌のいかに簡単なるかを見ば、人の思想の長く発達せざりし有様も見え透く心地す。この間に立ちて形式の簡単なる俳句はかえって和歌より・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・パックが二人のアテナ人の瞼にしぼりかけた魔法の草汁のききめは、二人の男たちの分別や嗜好さえも狂わせて、哀れなハーミヤとヘレナとは、そのためどんなに愚弄され、苦しみ、泣き、罵らなければならなかっただろう。大戯曲家シェクスピアは、大胆な喜劇的効・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・ 嗜好 わたくしは支那料理が非常に好きです。日本料理も西洋料理も、おいしければ大好きですけれど、まずい西洋料理よりは、たいしておいしくなくとも日本料理の方を好みます。 魚類では、夏なら「あらい」にしてたべる・・・ 宮本百合子 「身辺打明けの記」
・・・ この異常な傾向或は嗜好は左翼文学の退潮と共に起ったものであった。原因には単純でないものがある。一時、情勢の昂揚につれて個人として見れば種々な点に鍛錬の足りない人々が運動に吸収された。後の困難な諸事情は、そういう人々の、いずれかと言えば・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
・・・ひろ子には、そういう重吉の特別な嗜好が実感された。さっき、コンロに湯わかしをかけたとき、「たしかに俺はこの頃茶がすきになったね」 重吉が、自分を珍しがるように云った。「もとは、ちっとも美味いなんと思わなかったが……」「この頃・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・を主とする茶道が、関西にしても関東にしても大ブルジョアの間にだけ、嗜好されているという現実である。骨董で儲けるには茶器を扱って大金持の出入りとならなければ望みはない。今日日本の芸術の特徴とされている「さび」は常人の日暮しの中からは夙に蒸発し・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
・・・ 私は、四十代の婦人、結婚したばかりの婦人で、その人の持つ美のよい処を――嗜好上――現している人は、少ないと思います。 御返事の要点に触れなかったかもしれませんが。〔一九二三年三月〕・・・ 宮本百合子 「四十代の主婦に美しい人は少い」
・・・ 日本全国三十の放送局は中央放送局に統一されていて、番組編成の基準は、「国民文化の表現乃至は聴取者嗜好の反映として見る限りその番組は撩乱の姿を呈している」が、「放送効果の立場よりする聴衆の必然性の吟味或は社会的公正、文化的妥当の見地より・・・ 宮本百合子 「「ラジオ黄金時代」の底潮」
出典:青空文庫