・・・お姫さまは、つくづくと女の乞食をごらんになっていましたが、小さな歎息をなされました。「なんという、おまえの目は美しい目でしょう。」とおっしゃられました。 女の乞食は、お姫さまを見上げて、「そんなに、わたしの目がよろしければ、・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・この骸骨が軍服を着けて、紐釦ばかりを光らせている所を見たら、覚えず胴震が出て心中で嘆息を漏した、「嗚呼戦争とは――これだ、これが即ち其姿だ」と。 相変らずの油照、手も顔も既うひりひりする。残少なの水も一滴残さず飲干して了った。渇いて渇い・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ と嘆息させたのであるが、その時は幸いに無事だったが、月から計算してみて、七月中旬亡父の三周忌に帰郷した、その前後であるらしい。その前月おせいは一度鎌倉へつれ帰されたのだが、すぐまた逃げだしてき、その解決方に自分から鎌倉に出向いて行ったとこ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・ と私はまたしても深い嘆息をしないわけに行かなかった。まったく救われない地獄の娑婆だという気がする。死んで行った人、雪の中の監獄のT君、そして自分らだってちっとも幸福ではない。 私も惨めであるが、Fも可哀相だった。彼は中学入学の予習をし・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・吉次は投げるように身を横にして手荒く団扇を使いホッとつく嘆息を紛らせばお絹『吉さんまだ風邪がさっぱりしないのじゃアないのかね。』『風邪を引いたというのは嘘だよ。』『オヤ嘘なの、そんならどうしたの。』『どうもしないのだよ。』・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ああこのごろ、年若き男の嘆息つきてこの木立ちを当てもなく行き来せしこと幾度ぞ。 水瀦に映る雲の色は心失せし人の顔の色のごとく、これに映るわが顔は亡友の棺を枯れ野に送る人のごとし。目をあげて心ともなく西の空をながむればかの遠き蒼空の一線は・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 親爺は嘆息した。 柵をはずして、二人が糞に汚れた敷藁を出して新らしいのに換えていると、にや/\しながらいつも他人の顔いろばかり伺っている宇一がやって来た。 豚が新らしい敷藁を心地よがって、床板を蹴ってはねまわった。「お主ン・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・……彼は嘆息した。と、それと一緒に、又哀れげな呻きが出てきた。「どいつも、こいつも弱みその露助みたいに呻きやがって!」見廻りに来た、恩給に精通している看護長が苦々しく笑った。「痛いくらいが何だい! 日本の男子じゃないか! 死んどる者じゃ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ と、よく嘆息した。その三郎がめきめきと延びて来た時は、いつのまにか妹を追い越してしまったばかりでなく、兄の太郎よりも高くなった。三郎はうれしさのあまり、手を振って茶の間の柱のそばを歩き回ったくらいだ。そういう私が同じ場所に行って立って・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・くだいて、所かまわず吐きちらしてあるいて居られる由、また、さしたる用事もなきに、床より抜け出て、うろついてあるいて、電燈の笠に頭をぶっつけ、三つもこわせし由、すべて承り、奥さんの一難去ってまた一難の御嘆息も、さこそと思いますが、太宰ひとりが・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫