・・・あれを真面目に見ているのは、虚偽の因襲に囚われた愚かな見物である。○立ち廻りとか、だんまりとか号するものは、前後の筋に関係なき、独立したる体操、もしくは滑稽踊として賞翫されているらしい。筋の発展もしくは危機切逼という点から見たら、いかに・・・ 夏目漱石 「明治座の所感を虚子君に問れて」
・・・ それで人間というものには二通りの色合があるということは今申した通りですが、このイミテーションとインデペンデントですが、片方はユニテー――人の真似をしたり、法則に囚われたりする人である。片方は自由、独立の径路を通って行く。これは人間のそ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・―― 彼は、恐しい夢でも見てるような、無気味な気持に囚われながら、追っかけられながら、デッキのボースンの処へ駆けつけた。「駄目だ。ボースン。奴あ死んでるぜ」 彼は監獄から出たての放免囚見たいに、青くなって云った。「何だって!・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・、平田小六という「囚われた大地」という長篇小説をかいた元隆章閣の人などもはいっているし、婦人作家では私のほかにいね子[自注16]、松田さん[自注17]なども居ります。藤島まきという作家も出ました。文学におけるリアリズムの問題が、はじめ妙な傾・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
特にとり立てて言うのは困難に感じますが、ナウカ社版の第一回全ソヴェト作家大会報告や「ひらかれた処女地」など。 注目すべき作としては「青年」「獄」「牡丹のある家」「囚われた大地」等があると思いますが、最も傑れたものとは言・・・ 宮本百合子 「「今年の傑作小説」」
・・・大衆の多くを語らぬ口と、広く、深く視る便宜を益々縮められつつある眼とは、十分にその由って来るところをも究明しかねる日常生活の悪条件に囚われ勝ちである。政治と民衆とは決して近い隣りにはいない。経済の枢軸の廻転は民衆にとっては増税としてのみ最も・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
偶然のことから、私は「囚われた大地」がまだ発表されず、あるいはその原稿も小部分しか書かれていなかったと思われる時分、平田小六氏と知り合う機会を得た。そのころ平田さんは、日本にはまだ農民の生活を如実に書いた文学がすくないとい・・・ 宮本百合子 「作家への課題」
・・・以外に何ものにも囚われない心を示している。彼は色道修行者のように女の享楽を焦点として国々を見て歩くのではない。また彼は美術史家のように、ただ古美術の遺品をのみ目ざして旅行するのでもない。彼は美しいものには何ものにも直ちに心を開く自由な旅行者・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
・・・あるいはまた幻影に囚われた理想家を現実に引きもどした、という意味で。――しかしそれは決して以前よりも深い真実を捕えてくれたわけでなかった。それのもたらした新事実をあげれば、まず自然科学の進歩、社会主義の勃興、一般人民の物質的享楽への権利の主・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫