・・・色の白い、眉の迫った、痩せぎすな若主人は、盆提灯へ火のはいった縁先のうす明りにかしこまって、かれこれ初夜も過ぎる頃まで、四方山の世間話をして行きました。その世間話の中へ挟みながら、「是非一度これは先生に聞いて頂きたいと思って居りましたが。」・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・薄く塗った感心に襟脚の太くない、二十歳ばかりの、愛嬌たっぷりの女で、二つ三つは行ける口、四方山の話も機む処から、小宮山も興に入り、思わず三四合を傾けまする。 後の花が遠州で、前の花が池の坊に座を構え、小宮山は古流という身で、くの字になり・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 四方山の話が出た。行一は今朝の夢の話をした。「その章魚の木だとか、××が南洋から移植したというのはおもしろいね」「そう教えたのが君なんだからね。……いかにも君らしいね。出鱈目をよく教える……」「なんだ、なんだ」「狐の剃・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・其後三四日大友は滞留していたけれどお正には最早、彼の事に就いては一言も言わず、お給仕ごとに楽しく四方山の話をして、大友は帰京したのである。 爾来、四年、大友の恋の傷は癒え、恋人の姿は彼の心から消え去せて了ったけれども、お正には如何かして・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・はそれで切り上げて、あとはまとまらない四方山の話に夜をふかした。せっかくだから二、三日逗留してゆっくりしていらっしゃいと勧めてくれるのを断わって、やはりあくる日立つことにしたので、重吉はそんならお疲れでしょう、早くお休みなさいと挨拶して帰っ・・・ 夏目漱石 「手紙」
旅へ出て 四月の三日から七日まで私は東北の春のおそい――四方山で囲まれた小村の祖母の家へ亡祖父の祭典のために行った。 見たままを――思ったままを順序もなく書き集めた。 四日の旅をわすれたくないの・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
出典:青空文庫