・・・しまいには、畳の縁の交叉した角や、天井の四隅までが、丁度刃物を見つめている時のような切ない神経の緊張を、感じさせるようになった。 修理は、止むを得ず、毎日陰気な顔をして、じっと居間にいすくまっていた。何をどうするのも苦しい。出来る事なら・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ その時、間の四隅を籠めて、真中処に、のッしりと大胡坐でいたが、足を向うざまに突き出すと、膳はひしゃげたように音もなく覆った。「あれえ、」 と驚いて女房は腰を浮かして遁げさまに、裾を乱して、ハタと手を支き、「何ですねえ。」・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・というのは、丑満頃、人が四人で、床の間なしの八畳座敷の四隅から、各一人ずつ同時に中央へ出て来て、中央で四人出会ったところで、皆がひったり座る、勿論室の内は燈をつけず暗黒にしておく、其処で先ず四人の内の一人が、次の人の名を呼んで、自分の手を、・・・ 泉鏡花 「一寸怪」
・・・橋詰の、あの大樹の柳の枝のすらすらと浅翠した下を通ると、樹の根に一枚、緋の毛氈を敷いて、四隅を美しい河原の石で圧えてあった。雛市が立つらしい、が、絵合の貝一つ、誰もおらぬ。唯、二、三町春の真昼に、人通りが一人もない。何故か憚られて、手を触れ・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・煤けし壁の四隅は光届きかねつ心ありて見れば、人あるに似たり。源叔父は顔を両手に埋め深き嘆息せり。この時もしやと思うこと胸を衝きしに、つと起てば大粒の涙流れて煩をつたうを拭わんとはせず、柱に掛けし舷燈に火を移していそがわしく家を出で、城下の方・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・たそがれ、部屋の四隅のくらがりに何やら蠢めき人の心も、死にたくなるころ、ぱっと灯がついて、もの皆がいきいきと、背戸の小川に放たれた金魚の如く、よみがえるから不思議です。このシャンデリヤ、おそらく御当家の女中さんが、廊下で、スイッチをひねった・・・ 太宰治 「喝采」
・・・そのほかにも、かれ、蚊帳吊るため部屋の四隅に打ちこまれてある三寸くぎ抜かばやと、もともと四尺八寸の小女、高所の釘と背のびしながらの悪戦苦闘、ちらと拝見したこともございました。 いま庭の草むしっている家人の姿を、われ籐椅子に寝ころんだまま・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・ 一段高くなっている舞台は正方形であるらしい。四隅の柱をめぐって広い縁側のようなものがある。舞台の奥に奏楽者の席のあるのは能楽の場合も同様であるが、正面に立てた屏風は、あれが方式かもしれないが私の眼にはあまり渾然とした感じを与えない。む・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
一 石の階段を上って行くと広い露台のようなところへ出た。白い大理石の欄干の四隅には大きな花鉢が乗っかって、それに菓物やら花がいっぱい盛り上げてあった。 前面には湖水が遠く末広がりに開いて、かすか・・・ 寺田寅彦 「夢」
・・・の上を見ると、薄紫色の状袋の四隅を一分ばかり濃い菫色に染めた封書がある。我輩に来た返事に違いない。こんな表の状袋を用るくらいでは少々我輩の手に合わん高等下宿だなと思ながら「ナイフ」で開封すると、「御問合せの件に付申上候。この家はレデーの所有・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
出典:青空文庫