・・・ただ鼻だけ鳴らしては、お蓮の手や頬を舐め廻すんだ。「こうなると見てはいられないから、牧野はとうとう顔を出した。が、お蓮は何と云っても、金さんがここへ来るまでは、決して家へは帰らないと云う。その内に縁日の事だから、すぐにまわりへは人だかり・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・その不平が高じた所から、邪推もこの頃廻すようになっている。 ある夏の午後、お松さんの持ち場の卓子にいた外国語学校の生徒らしいのが、巻煙草を一本啣えながら、燐寸の火をその先へ移そうとした。所が生憎その隣の卓子では、煽風機が勢いよく廻ってい・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・良平は一足踏み出したなり、大仰にぐるりと頭を廻すと、前こごみにばたばた駈け戻って来た。なぜか彼にはそうしないと、勇ましい気もちがしないのだった。「なあんだね、畑の土手にあるのかね?」「ううん、畑の中にあるんだよ。この向うの麦畑の……・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・池の周囲はおどろおどろと蘆の葉が大童で、真中所、河童の皿にぴちゃぴちゃと水を溜めて、其処を、干潟に取り残された小魚の泳ぐのが不断であるから、村の小児が袖を結って水悪戯に掻き廻す。……やどかりも、うようよいる。が、真夏などは暫時の汐の絶間にも・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・凧を持ったのは凧を上げ、独楽を持ちたるは独楽を廻す。手にものなき一人、一方に向い、凧の糸を手繰る真似して笑う。画工 (枠張のまま、絹地の画を、やけに紐からげにして、薄汚れたる背広の背に負い、初冬、枯野の夕日影にて、あかあかと・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・が、この学問という点が緑雨の弱点であって、新知識を振廻すものがあると痛く癪に触るらしく、独逸語や拉丁語を知っていたって端唄の文句は解るまいと空嘯いて、「君、和田平の鰻を食った事があるかい?」などと敵を討ったもんだ。 緑雨の傑作は何といっ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・しかし、一日に十三時間も乗り廻すので、時々目が眩んだ。ある日、手を挙げていた客の姿に気づかなかったと、運転手に撲られた。翌日、その運転手が通いつめていた新世界の「バー紅雀」の女給品子は豹一のものになった。むろん接吻はしたが、しかしそれだけに・・・ 織田作之助 「雨」
・・・結び目をぐるりとうしろへ廻すのを忘れたのか、それとも不精で廻さないのか、いや、当人に言わせると、前に結ぶ方がイキだというのである。バンドは前に飾りがついているし、女は帯の上に帯紐をするし、おまけにその紐は前で結んでいるではないか、男の帯だっ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・住持といっても木綿の法衣に襷を掛けて芋畑麦畑で肥柄杓を振廻すような気の置けない奴、それとその弟子の二歳坊主がおるきりだから、日に二十銭か三十銭も出したら寺へ泊めてもくれるだろう。古びて歪んではいるが、座敷なんぞはさすがに悪くないから、そこへ・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・と云って、そこにあったストーヴを掻き廻す鉄のデレッキを振りあげた。母は真青になって帰ってきた。 この冬は本当に寒かったの。留置場でもストーヴの側の監房は少しはよかったが、そうでない処は坐ってその上に毛布をかけていても、膝がシン/\と・・・ 小林多喜二 「母たち」
出典:青空文庫