・・・皮膚は蒼白に黄味を帯び、髪は黒に灰色交じりの梳らない団塊である。額には皺、眼のまわりには疲労の線条を印している。しかし眼それ自身は磁石のように牽き付ける眼である。それは夢を見る人の眼であって、冷たい打算的なアカデミックな眼でない、普通の視覚・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・が実ってやがてそのさくが開裂した純白な綿の団塊を吐く、うすら寒い秋の暮れに祖母や母といっしょに手んでに味噌こしをさげて棉畑へ行って、その収穫の楽しさを楽しんだ。少しもう薄暗くなった夕方でも、このまっ白な綿の団塊だけがくっきり畑の上に浮き上が・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・という言葉が耳にはいってこの花の視像をそれと認識すると同時に、一抹の紫色がかった雰囲気がこの盛り花の灰色の団塊の中に揺曳するような気がした。驚いて目をみはってよく見直してもやっぱりこの紫色のかげろいは消失しない。どうしても客観的な色彩としか・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・緑色の楕円形をした食えない部分があってその頭にこれと同じくらいの大きさで美しい紅色をした甘い団塊が附着している。噛み破ると透明な粘液の糸を引く。これも国を離れて以来再びめぐり逢わないものの一つである。 旧城のお濠の菱の実も今の自分には珍・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・ シガーの灰の最大な団塊を作ったというレコードもやはりドイツ人の手に落ちた。これは一九二九年のことであるが、ことしはヒトラーがたくさんな書物の灰をこしらえた。それでも昔のアレキサンドリア図書館の火事の灰のレコードは破れなかったであろう。・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・そろそろ回しながらまずこの団塊の重心がちょうど回転軸の上に来るように塩梅するらしい。それが、多年の熟練の結果であろうが、はじめひょいと載せただけでもう第一近似的にはちゃんと正しい位置におかれている、それで、あとはただこの団塊をしっかり台板に・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・おりて来て見ると、三毛は居間の縁の下で、土ぼこりにまみれたねずみ色の団塊を一生懸命でなめころがしていた。それはほとんど生きているとは思われない海鼠のような団塊であったが、時々見かけに似合わぬ甲高いうぶ声をあげて鳴いていた。 三毛は全く途・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・濃紅色の花を群生させるが、少しはなれた所から見ると臙脂色の団塊の周囲に紫色の雰囲気のようなものが揺曳しかげろうているように見える。 人間の色彩といったようなものにもやはりこうした二種類があるように思われる。少なくも芸術的作品はそうである・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・つづけて五回音がして空中へ五つの煙の団塊が団子のように並ぶだけと云わばそれまでのものである。「音さえすりゃあ、いいんだね」「音さえすりゃあ、いいんだよ」、こんな事を云いながら、それでもやはり未練らしくいつまでも見物している職人の仲間もあ・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・土色の醜いからだが憤懣の団塊であるように思われた。絶対に自分の優越を信じているような子猫は、時々わき見などしながらちょいちょい手を出してからかってみるのである。 困った事にはいつのまにか蜥蜴を捕って食う癖がついた。始めのうちは、捕えたの・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
出典:青空文庫