・・・ ワッと怯えて、小児たちの逃散る中を、団栗の転がるように杢若は黒くなって、凧の影をどこまでも追掛けた、その時から、行方知れず。 五日目のおなじ晩方に、骨ばかりの凧を提げて、やっぱり鳥居際にぼんやりと立っていた。天狗に攫われたという事・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 目ばかり黒い、けばけばしく真赤な禅入を、木兎引の木兎、で三寸ばかりの天目台、すくすくとある上へ、大は小児の握拳、小さいのは団栗ぐらいな処まで、ずらりと乗せたのを、その俯目に、ト狙いながら、件の吹矢筒で、フッ。 カタリといって、発奮・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ たった今や、それまでというものは、四人八ツの、団栗目に、糠虫一疋入らなんだに、かけた縄さ下から潜って石から湧いて出たはどうしたもんだね。やあやあ、しっしっ、吹くやら、払いますやら、静として赤蜻蛉が動かねえとなると、はい、時代違いで、何・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・というより浜子の方で打ちこんで入れ揚げたあげく、旦那にあいそづかしをされたその足で押しかけ女房に来たのが四年前で、男の子も生れて、その時三つ、新次というその子は青ばなを二筋垂らして、びっくりしたような団栗眼は父親似だった。父親は顔の造作が一・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・さても可愛いこの娘、この大河なる団栗眼の猿のような顔をしている男にも何処か異なところが有るかして、朝夕慕い寄り、乙女心の限りを尽して親切にしてくれる不憫さ。 自然生の三吉が文句じゃないが、今となりては、外に望は何もない、光栄ある歴史もな・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・絶対安静の病床で一カ月も米杉の板を張った天井ばかりを眺めて暮した後、やっと起きて坐れるようになって、窓から小高い山の新芽がのびた松や団栗や、段々畑の唐黍の青い葉を見るとそれが恐しく美しく見える。雨にぬれた弁天島という島や、黒みかゝった海や、・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・笹や、団栗や、雑草の青い葉は、洗われたように、せい/\としている。「おい/\、こいつ居眠りをしているよ」暫らくして後藤は西山の耳もとへきて囁いた。「…………」 見ると、スパイは、日あたりのいゝ、積重ねられた薪の南側に腰をおろして・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・ 山の団栗を伐って、それを薪に売ると、相当、金がはいるのであった。 二 正月前に、団栗山を伐った。樹を切るのは樵夫を頼んだ。山から海岸まで出すのは、お里が軽子で背負った。山出しを頼むと一束に五銭ずつ取られるから・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・ 白樺や、榛や、団栗などは、十月の初めがた既に黄や紅や茶褐に葉色を変じかけていた。露の玉は、そういう葉や、霜枯れ前の皺びた雑草を雨後のようにぬらしていた。 草原や、斜丘にころびながら進んで行く兵士達の軍服は、外皮を通して、その露に、・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・虹吉は、健康に、団栗林の中の一本の黒松のように、すく/\と生い育っていた。彼は、一人前の男となっていた。 村には娘達がS町やK市へ吸い取られるように、次々に家を出て、丁度いゝ年恰好の女は二三人しかいなかった。町へ出た娘の中に虹吉が真面目・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
出典:青空文庫