・・・北京にある日本公使館内の一室では、公使館附武官の木村陸軍少佐と、折から官命で内地から視察に来た農商務省技師の山川理学士とが、一つテエブルを囲みながら、一碗の珈琲と一本の葉巻とに忙しさを忘れて、のどかな雑談に耽っていた。早春とは云いながら、大・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・友人たちは皆そのテエブルのまわりを囲みながら、「ざっと二十万円くらいはありそうだね。」「いや、もっとありそうだ。華奢なテエブルだった日には、つぶれてしまうくらいあるじゃないか。」「何しろ大した魔術を習ったものだ。石炭の火がすぐに・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・ いと厳かなる命のもとに五名の看護婦はバラバラと夫人を囲みて、その手と足とを押えんとせり。渠らは服従をもって責任とす。単に、医師の命をだに奉ずればよし、あえて他の感情を顧みることを要せざるなり。「綾! 来ておくれ。あれ!」 と夫・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ 三十余りの人々長方形の卓を囲みて居並びしがみな眼を二郎の方にのみ注げば、わが入り来たれるに心づきしは少なかりき。一座粛然たる中に二郎が声のみぞ響きたる。かれが蒼白き顔は電燈の光を受けていよいよ蒼白く貴嬢がかつて仰ぎ見て星とも愛でし眼よ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
わが青年の名を田宮峰二郎と呼び、かれが住む茅屋は丘の半腹にたちて美わしき庭これを囲み細き流れの北の方より走り来て庭を貫きたり。流れの岸には紅楓の類を植えそのほかの庭樹には松、桜、梅など多かり、栗樹などの雑わるは地柄なるべし、――区何町・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・山賊の囲みからも、するりと抜けて一気に峠を駈け降りて来たのだ。私だから、出来たのだよ。ああ、この上、私に望み給うな。放って置いてくれ。どうでも、いいのだ。私は負けたのだ。だらしが無い。笑ってくれ。王は私に、ちょっとおくれて来い、と耳打ちした・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・しかし弱い弾性しか持たぬおしべは虻の努力に押しのけられて、虻の尻がその囲みを破って、少し外方に進出するとそこにちゃんとめしべの柱頭が待ち構えていたかのように控えているのである。そんな重大な役目を他人のために勤めたとは夢にも知らない虻は、ただ・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・半ばおろしたる蔀の上より覗けば四、五人の男女炉を囲みて余念なく玉蜀黍の実をもぎいしが夫婦と思しき二人互にささやきあいたる後こなたに向いて旅の人はいり給え一夜のお宿はかし申すべけれども参らすべきものとてはなしという。そは覚期の前なり。喰い残り・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・ 小さなこどもらはよろこんで、顔を赤くして押しあったりしながらぞろっと淵を囲みました。 ぺ吉だの三四人はもう泳いで、さいかちの木の下まで行って待っていました。 佐太郎が大威張りで、上流の瀬に行って笊をじゃぶじゃぶ水で洗いました。・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ 子供らは棒を棄て手をつなぎ合って大きな環になり須利耶さま親子を囲みました。 須利耶さまは笑っておいででございました。 子供らは声を揃えていつものようにはやしまする。 と斯うでございます。けれども一人の子供が冗談に申し・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
出典:青空文庫