・・・彼等は少将に頓着せず、将軍夫妻をとり囲むと、口々に彼等が夫人のために、見つけて来た場所を報告した。その上それぞれ自分の場所へ、夫人に来て貰うように、無邪気な競争さえ始めるのだった。「じゃあなた方に籤を引いて貰おう。」――将軍はこう云ってから・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・フランシスはついた狐が落ちたようにきょとんとして、石畳から眼をはなして、自分を囲むいくつかの酒にほてった若い笑顔を苦々しげに見廻わした。クララは即興詩でも聞くように興味を催おして、窓から上体を乗出しながらそれに眺め入った。フランシスはやがて・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・京都のある雑誌でH・Kという東京の評論家を京都に呼んで、H・Kを囲む座談会をやった。司会をした仏蘭西文学研究会のT・IはH・Kの旧友だった。二人ともよく飲んだ。話がたまたま昔話に移った。「あの時は君は……」H・KはいきなりT・Iにだきついて・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・長い睫毛がかげを投げた黒い眼のあの物語は、とりもなおさず、彼女を囲む世界の言葉なのでした。蝉の鳴いている樹から、静かな星に至る迄、其処には、言葉に表わさない合図や、身振り、啜泣、吐息などほか、何もありません。 深い真昼時、船頭や漁夫は食・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・〕みんなが囲む。水の中だ。「取らえなぃがべが。」「いいや、此処このまんまの標本だ。」「それでも取らえなぃがべが。」〔取ってみますか。取れます。〕中々面倒だ。「先生こっちにもっと大きなのあるんす。」あるある。これならネストと云・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・その半面には、進歩が常にその後にひっぱっている過去からの尻尾というものもあって、その尻尾は、電気力の利用という風なものの発達のスピードに合わせてはよりテンポののろい進みかた、変化のしようで私たちをとり囲む常識のなかにかくされている。かくれて・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・を統制しはじめた。その復讐だ。 ソヴェト生産拡張五ヵ年計画は、複雑な農村社会主義化の実践へ根強い組織力で迫って来た。 先ず、耕作用トラクター七万台が進出した。「トラクター中央」を囲むいくつかの集団農場が、生産手段の工業化につれて・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・をとり囲む一帯から生じた。高邁にして自由な精神とは「自分の感情と思想とを独立させて冷然と眺めることの出来る闊達自在な精神」であるとして横光氏によって提出されたのである。青野季吉氏は「紋章」にすっかり「圧迫され」横光氏の「自由の精華」に讚辞を・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・そればかりか、藤堂さんの森のぐるりを囲むのもからたち垣だった。この森では、つい先年まで梟が鳴いた。空襲がはじまってから、どういうレイダアのお告げだったのか、藤堂さんのところに先ず爆弾がおちて、ほんの僅かの距離しかないうちのゆずり葉の下の壕に・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・ 柿の実を盗もうとして、日本の南満州鉄道を囲む鉄道を幾条もつくった。だが蟹は青いカンシャク面をしながらこらえていたら、猿は図にのって柿の木を根っこから切り倒そうとしはじめた。これが九月十八日の満鉄爆破であると。爆発した線路で汽車が顛覆し・・・ 宮本百合子 「「モダン猿蟹合戦」」
出典:青空文庫