・・・これも図星に当ったのは、申し上げるまでもありますまい。女は市女笠を脱いだまま、わたしに手をとられながら、藪の奥へはいって来ました。ところがそこへ来て見ると、男は杉の根に縛られている、――女はそれを一目見るなり、いつのまに懐から出していたか、・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・これで一体あの建札の悪戯は図星に中ったのでございましょうか。それとも的を外れたのでございましょうか。鼻蔵の、鼻蔵人の、大鼻の蔵人得業の恵印法師に尋ねましても、恐らくこの返答ばかりは致し兼ねるのに相違ございますまい…………」 ・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・「どや、図星やろ。あはは……。それくらいの眼が利かないで、掏摸がつとまるか。まア、掏られぬように気イつけろ」 豹吉が言うと、お加代もはじめて微笑して、「亀公にしてはめずらしい大金ね。拾ったの?」 と、冷かすと、亀吉はふっと唇・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・と、私はムッとして声を励まして言ったが、多少図星を指された気がした。「それではとにかく行李を詰めましょうか」と、弟はおとなしく起って、次ぎの室の押入れからFの行李を出してきた。 学校へはきゅうに郷里に不幸ができて帰ることになったから・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・「元来僕はね、一度友達に図星を指されたことがあるんだが、放浪、家をなさないという質に生まれついているらしいんです。その友達というのは手相を見る男で、それも西洋流の手相を見る男で、僕の手相を見たとき、君の手にはソロモンの十字架がある。それ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・だまされたなんて言うけれど、こうして植えて、たのしんでいるじゃないですか。」図星であった。私は、敗色が濃かった。「それあ、たのしんでいる。僕は、四円もとられたんだぜ。」「安いもんじゃないですか。」言下に反撥して来る。闘志満々である。・・・ 太宰治 「市井喧争」
・・・やがて廊下に、どたばた足音がして、「や、図星なり、図星なり。」勝治の大きな声が聞えた。ひどく酔っているらしい。「白状すれば、妹には非ず。恋人なり。」まずい冗談である。 節子は、あさましく思った。このまま帰ろうかと思った。 ランニ・・・ 太宰治 「花火」
・・・と婆さんずばと図星を刺す。寒い刃が闇に閃めいてひやりと胸打を喰わせられたような心持がする。「それは心配して来たに相違ないさ」「それ御覧遊ばせ、やっぱり虫が知らせるので御座います」「婆さん虫が知らせるなんて事が本当にあるものかな、・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ ネネムはすっかり図星をさされて、面くらって左手で頭を掻きました。「はい実は少少たべすぎたかと存じます。」「そうだろう。きっとそうにちがいない。よろしい。お前の身分や考えはよく諒解した。行きなさい。わしはムムネ市の刑事だ。」・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
出典:青空文庫