・・・卓にのぼる魚の値段を、いちいち妻に問いただし、新聞の政治欄を、むさぼる如く読み、支那の地図をひろげては、何やら仔細らしく検討し、ひとり首肯き、また庭にトマトを植え、朝顔の鉢をいじり、さらに百花譜、動物図鑑、日本地理風俗大系などを、ひまひまに・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・しかし植物図鑑で捜してみるとこれは「やまぼうし」一名「やまぐわ」というものに相当するらしい。 とにかく、わずかな季節の差違で、去年はなかったものが、今突然目の前に出現したように思われるのであった。不注意なわれわれ素人には花のない見知らぬ・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・今年も植物図鑑を携えて野の草に親しみたいと思っている。 寺田寅彦 「海水浴」
・・・が復活しかけたのと、もう一つには自分の目下の研究の領域が偶然に植物生理学の領域と接触し始めたために、この好機会を利用して少しばかりこの方面の観察をしようと思ったので、まず第一の参考として牧野氏著「植物図鑑」を携帯して行って、少しずつ、草花の・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・植物の花などよりも更に遥かに高貴な相貌風格を具備した花である。 スカンボの花などもさっぱり見所のないもののように思っていたが、顕微鏡で見るとこれも実に堂々たる傑作品である。植物図鑑によると雄花と雌花と別になっているそうであるが、自分の見・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・夏休みに信州の高原に来て試みに植物図鑑などと引き合わせながら素人流に草花の世界をのぞいて見ても、形態がほとんど同じであって、しかも少しずつ違った特徴をもった植物の大家族といったようなものが数々あり、しかも一つの家族から他の家族への連鎖となり・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・何か植物のことをたずねた時に、寺田さんは袖珍の植物図鑑をポケットから取り出したのである。山を歩くといろんな植物が眼につく、それでこういうものを持って歩いている、というのである。この成熟した物理学者は、ちょうど初めて自然界の現象に眼が開けて来・・・ 和辻哲郎 「寺田さんに最後に逢った時」
出典:青空文庫