・・・数百年の久しき、日本にて医学上の新発明ありしを聞かざるのみならず、我が国に固有の難病と称する脚気の病理さえ、なお未だ詳明するを得ず。ひっきょう我が医学士の不智なるに非ず、自家の学術を研究せんとして、その時と資金とを得ざるがためなり。 わ・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・は婦人の心なり、すでに和するの敵に向うは男子の恥るところ、執念深きに過ぎて進退窮するの愚たるを悟り、興に乗じて深入りの無益たるを知り、双方共にさらりと前世界の古証文に墨を引き、今後期するところは士族に固有する品行の美なるものを存して益これを・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・而して其不和争擾の衝に当る者は其時の未亡人即ち今日の内君にして、禍源は一男子の悪徳に由来すること明々白々なれば、苟も内を治むる内君にして夫の不行跡を制止すること能わざるは、自身固有の権利を放棄して其天職を空うする者なりと言わるゝも、弁解の辞・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ それぞれの国の民族が婦人や子供、としより連まで固有の服装に身をかざって、その土地伝統の祭りを祝うような日の光景は、はた目にもおもしろく愉しいものだ。けれども、その美しさにしろたのしさにしろ、その民族或いはその人々が実際には半ば奴隷・・・ 宮本百合子 「この三つのことば」
・・・文学は政治のあとに発生するものであるけれども、固有の狭い意味での政治と文学とは、機能のまったくちがう人間精神の二つの作業であるから、一つが一つに従属するというものではないはずである。社会にあって文学が政治とともに経済の上部構造であるにしても・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・横光利一氏など、義理人情至上性を昨今強調されるようであるが、日本固有の人情というものの中には、そういう意気地という、些かは颯爽たる分子もなくはないのである。「さび」というものが、日本芸術の一つの大きい価値とされて来ているということに対し・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
・・・古言の帯びている固有の色は、これがために滅びよう。しかしこれは新たなる性命に犠牲を供するのである。わたくしはこんな分疏をして、人の誚をかえりみない。 わたくしの意中にいわんと欲する一事があった。わたくしは紙を展べて漫然空車と題した。・・・ 森鴎外 「空車」
・・・その雄々しく見えるところはただ時々の身の挙動と言葉のありさまにあったばかりで、その婦人に固有の性質は跡を絶ってはいない,たしかになくなってはいない。 母が立ち去った跡で忍藻は例の匕首を手に取り上げて抜き離し、しばらくは氷の光をみつめてき・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・なるほどアフリカの沿岸には、奴隷商人が荒し回った限り、ニグロ固有の文化はなんにも残っていない。そこにあるのはヨーロッパの安物商品、ズボンをはいたみじめなニグロ、ヨーロッパ人に寄生するニグロの店員、などだけである。しかし前世紀の先駆者たちが、・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・そこで石垣や門の持っている固有の様式がまた明白に己れ自身を見せ始めたのである。石垣や門の屋根などの持っている彎曲線は、対岸の西洋建築には全然見いだされないものである。石垣の石の積み方も、規格の統一とはおよそ縁のない、また機械的という形容の全・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫