・・・どこまでも固辞した。 清三夫婦が日曜日に出かけると、両人は寛ろいでのびのびと手を長くして寝た。誰れ憚る者がいないのが嬉しかった。「留守ごとに牡丹餅でもこしらえて食うかいの。」とばあさんは云い出した。「お。」「毎日米の飯ばかり・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・友は中庭の美事なる薔薇数輪を手折りて、手土産に与えんとするを、この主人の固辞して曰く、野菜ならばもらってもよい。以て全豹を推すべし。かの剣聖が武具の他の一切の道具をしりぞけし一すじの精進の心と似て非なること明白なり。なおまた、この男には当分・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・検校の位階を固辞す。金銭だに納付せば位階は容易に得べき当時の風習をきたなきものに思い、位階は金銭を以て購うべきものにあらずとて、死ぬるまで一勾当の身上にて足れりとした。天保十一年、竹琴を発明し、のち京に上りて、その製造を琴屋に命じたところが・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・三度固辞して動かず。鴎は、あれは唖の鳥です。天を相手にせよ。ジッドは、お金持なんだろう? すべて、のらくら者の言い抜けである。私は、実際、恥かしい。苦しさも、へったくれもない。なぜ、書かないのか。実は、少しからだの工合いおかしいのでして・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
・・・長女は、私にはとてもその資格がありませんからと固辞して利巧に逃げている。殊に次男は、その勲章を自分の引出しにしまい込んで、落したと嘘をついた事さえある。祖父は、たちまち次男の嘘を看破し、次女に命じて、次男の部屋を捜査させた。次女は、運わるく・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・芸術家として自己を守り立てようと決心したからは、その力をレデュースし、そのロフティーネスを辱しめるような、あらゆる物は、仮令世上の如何な高貴であっても固辞しようと思ったのだ。 処が、暫く暮して見、自分は、種々な不自由さが、我心の裡に植え・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・ 東郷侯爵家から警察を通じて、良子嬢をとりまいた五人の平民の若者にお礼として五十円ずつよこされ、狐につままれたような気持で固辞するのを強いても握らされて帰宅したという記事や又、当時そうとは知らずに勿体ないことをした、と洩した客の言葉など・・・ 宮本百合子 「花のたより」
出典:青空文庫