・・・「――じゃ今日だけ一寸臥ていらっしゃるんじゃなかったのね」「国府津から帰ると悪いのさ――あとさき六日ばかりだね」 耕一や千世子が母の容体につき無頓着そうにしているのが頼りない変な心持をなほ子に起させた。「何だかすーすー寒いね・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・「一寸用で国府津まで行くと申上て来たからその積りでいてくれ。遠くだと落胆なさるといけないから」「そうお、私困ったわ、父様が九州へいらっしゃると云ってしまってよ、もう」「変だね、始めて聞くように云っていらしったよ」「じゃあお忘・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・ 私が林町で父と最後にわかれる一月ばかり前、珍らしく国府津にある小さい家で父と数日暮したことがあった。母が亡くなり、弟夫婦が林町に住むようになった当時、父は自分の居り場所がきまらないような心持であったらしく、私に向かって幾度かお前と国府・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫