・・・また玄関前のタヽキの上には、下宿の大きな土佐犬が手脚を伸して寝そべっていた。彼は玄関へ入るなり、まず敷台の隅の洋傘やステッキの沢山差してある瀬戸物の筒に眼をつける――Kの握り太の籐のステッキが見える――と彼は案内を乞うのも気が引けるので、こ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・すると棒頭がその大人の背ほどもある土佐犬を源吉の方へむけた。犬はグウグウと腹の方でうなっていたが、四肢が見ているうちに、力がこもってゆくのが分った。「そらッ!」と言った。 棒頭が土佐犬を離した。 犬は歯をむきだして、前足をのばす・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・ブルドックだか土佐犬だか、耳が小さく頬っぺたのひろがったその犬は、最初ものうそうに眼をひらいたが、みるみるうちに鼻皺を寄せて、あつい唇をまくれあがらせた。「――こんにゃく屋でございます」 もうそのときは、叫ぶように、犬にむかって言っ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
出典:青空文庫