・・・ 明い電燈の光に満ちた、墓窖よりも静な寝室の中には、やがてかすかな泣き声が、途切れ途切れに聞え出した。見るとここにいる二人の陳彩は、壁際に立った陳彩も、床に跪いた陳彩のように、両手に顔を埋めながら……… 東京。 突然『影』の・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・それならどうして、この文明の日光に照らされた東京にも、平常は夢の中にのみ跳梁する精霊たちの秘密な力が、時と場合とでアウエルバッハの窖のような不思議を現じないと云えましょう。時と場合どころではありません。私に云わせれば、あなたの御注意次第で、・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・何者か暗窖の中へ降りていったのであろう。「この盾何の奇特かあると巨人に問えば曰く。盾に願え、願うて聴かれざるなし只その身を亡ぼす事あり。人に語るな語るとき盾の霊去る。……汝盾を執って戦に臨めば四囲の鬼神汝を呪うことあり。呪われて後蓋天蓋地の・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・幽かに聞えた歌の音は窖中にいる一人の声に相違ない。歌の主は腕を高くまくって、大きな斧を轆轤の砥石にかけて一生懸命に磨いでいる。その傍には一挺の斧が抛げ出してあるが、風の具合でその白い刃がぴかりぴかりと光る事がある。他の一人は腕組をしたまま立・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・―― 然しながら、マクシム・ゴーリキイはその退屈をこらえ「絶大な緊張をもって、草鞋虫の這っている窖の壁を見つめ、坐りつづける。」彼の内心に答を求めて疼いている数限りのない「何故?」がそこから彼を去りかねさせるのであった。マクシムは、抑え・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・―― 然しながら、マクシム・ゴーリキイはその退屈をこらえ、「絶大な緊張をもって、草鞋虫の這っている窖の壁を見つめ、坐りつづける。」彼の内心に疼いている数限りのない「何故?」がそこから彼を去りかねさせるのであった。マクシムは、抑え難い感動・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
出典:青空文庫