・・・一人は手に宿への土産らしい桜の枝を持っていた。「今、西の市で、績麻のみせを出している女なぞもそうでございますが。」「だから、私はさっきから、お爺さんの話を聞きたがっているじゃないか。」 二人は、暫くの間、黙った。青侍は、爪で頤の・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・ あれもゆうべクラバックが土産に持ってきてくれたものです。…… それからこの本も哲学者のマッグがわざわざ持ってきてくれたものです。ちょっと最初の詩を読んでごらんなさい。いや、あなたは河童の国の言葉を御存知になるはずはありません。で・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・おすそわけに預るし、皆も食べたんですから、看板のしこのせいです。幾月ぶりかの、お魚だから、大人は、坊やに譲ったんです。その癖、出がけには、坊や、晩には玉子だぞ。お土産は電車だ、と云って出たんですのに。―― お雪さんは、歌磨の絵の海女のよ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ この、秋はまたいつも、食通大得意、というものは、木の実時なり、実り頃、実家の土産の雉、山鳥、小雀、山雀、四十雀、色どりの色羽を、ばらばらと辻に撒き、廂に散らす。ただ、魚類に至っては、金魚も目高も決して食わぬ。 最も得意なのは、も一・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・帰りに『えびづる』や『あけび』をうんと土産に採って来ます」「私は一人で居るのはいやだ。政夫さん、一所に連れてって下さい。さっきの様な人にでも来られたら大変ですもの」「だって民さん、向うの山を一つ越して先ですよ、清水のある所は。道とい・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・と言って、僕は携えて来た土産を分けてやった。 妻の母は心配そうな顔をしているが、僕のことは何にも尋ねないで、孫どもが僕の留守中にいたずらであったことを語り、庭のいちじくが熟しかけたので、取りたがって、見ていないうちに木のぼりを初め、途中・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ ところが、ある日のこと、お土産に、みごとなパイをもらったのでした。「まあ、おいしそうね。」と、お姉さんが、いいました。「お母さん、すぐに、切っておくれよ。」と、太郎さんが、いいました。「果物がはいっているから、勇ちゃんは、・・・ 小川未明 「お母さんはえらいな」
・・・こんどもこうして山へはいれば、きつねか、おおかみか、大ぐまをしとめて、土産にするから、どうか私の手並を見ていてもらいたいものだ。」と、大口をききました。 これにひきかえて、母子のくまを打たずにもどったやさしい猟人は、どうか、はやく、あの・・・ 小川未明 「猟師と薬屋の話」
・・・「うむ、海に棲んでる馬だって、あの大きな牙を親方のとこへ土産に持って来たあの人だろう」「あいつさ、あいつはあれ限りもう来ねえのか?」「来ねえようだよ」「偽つけ! 来ねえことがあるものか」「じゃ、為さん見たのか?」「俺・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・お下りさんはこちらどっせ、お土産はどうどす。おちりにあんぽんたんはどうどす……。京のどすが大阪のだすと擦れ違うのは山崎あたりゆえ、伏見はなお京言葉である。自然彦根育ちの登勢にはおちりが京塵紙、あんぽんたんが菓子の名などと覚えねばならぬ名前だ・・・ 織田作之助 「螢」
出典:青空文庫