・・・浦島太郎なら玉手箱の土産があるけど、復員は脊中の荷物だけが財産やぞ。その財産すっかり掏ってしもても、お前何とも感じへんのか」「…………」 亀吉は眼尻の下った半泣きの顔を、お加代の方へ向けた。 お加代は煙草を吹かしながら、ぼそんと・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・彼は帰って来て、「そうらお土産……」と、赤い顔する細君の前へ押遣るのであった。(何処からか、救いのお使者がありそうなものだ。自分は大した贅沢な生活を望んで居るのではない、大した欲望を抱いて居るのではない、月に三十五円もあれば自分等家族五人が・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・「信子が寄宿舎へ持って帰るお土産です。一升ほど持って帰っても、じきにぺろっと失くなるのやそうで……」 峻が語を聴きながら豆を咬んでいると、裏口で音がして信子が帰って来た。「貸してくれはったか」「はあ。裏へおいといた」「雨・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・傲然として鼻の先にあしらうごとき綱雄の仕打ちには、幾たびか心を傷つけられながらも、人慣れたる身はさりげなく打ち笑えど、綱雄はさらに取り合う気色もなく、光代、お前に買って来た土産があるが、何だと思う。当てて見んか。と見向きもやらず。 善平・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・の者にまるっきり黙ってゆく訳にゆかず、今宵こそ幸衛門にもお絹お常にも大略話して止めても止まらぬ覚悟を見せん、運悪く流れ弾に中るか病気にでもなるならば帰らぬ旅の見納めと悲しいことまで考えて、せめてもの置土産にといろいろ工夫したあげく櫛二枚を買・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ 汽車が来ると、帰る者たちは、珍らしい土産ものをつめこんだ背嚢を手にさげて、われさきに列車の中へ割込んで行った。そこで彼等は自分の座席を取って、防寒帽を脱ぎ、硝子窓の中から顔を見せた。 そこには、線路から一段高くなったプラットフォー・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・が、どうしても今日は土産を持たせて帰そうと思うものですから、さあいろいろな潮行きと場処とを考えて、あれもやり、これもやったけれども、どうしても釣れない。それがまた釣れるべきはずの、月のない大潮の日。どうしても釣れないから、吉もとうとうへたば・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・「どれ、何の土産をくれるか、一つ拝見せず」 とおげんは新しい菓子折を膝に載せて、蓋を取って見た。病室で楽しめるようにと弟の見立てて来たらしい種々な干菓子がそこへ出て来た。この病室に置いて見ると、そんな菓子の中にも陰と陽とがあった。お・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・お宅で待っていらっしゃる奥さんへ、お土産に持って行けば、きっと、奥さんが、よろこんでくれるだろうと思いました。博士が、花を買うなど、これは、全く、生れてはじめてのことでございます。今夜は、ちょっと調子が変なの。ラジオ、辻占、先夫人、犬、ハン・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・面白い話を土産に持って帰る。楽屋落の処に、特殊の興味のあるような話で、それをまた面白く可笑しく話して聞せる。 しかしポルジイにはそれが面白くなくなって来た。折角の話を半分しか聞かないことがある。自分の行きたくて行かれない処の話を、人伝に・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫