・・・機械の運転する響き、職工の大きな掛声、薄暗い工場の中に雑然として聞えるこれらの音が、気のよわい私には一つ一つ強く胸を圧するように思われる――裸体の一人が炉のかたわらに近づいた。汗でぬれた肌が露を置いたように光って見える。細長い鉄の棒で小さな・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・この時人が精力を搾って忘れようと勉めた二つの道は、まざまざと眼前に現われて、救いの道はただこの二つぞと、悪夢のごとく強く重く人の胸を圧するのである。六 人はいろいろな名によってこの二つの道を呼んでいる。アポロ、ディオニソスと・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・臙脂屋早く身退りし、丹下は其人を仰ぎ見る、其眼を圧するが如くに見て、「丹下、けしからぬぞ、若い若い。あやまれあやまれ。後輩の身を以て――。御無礼じゃったぞ。木沢殿に一応、斯様に礼謝せい。」と、でっぷり肥ったる大きな身体を引包む緞子の・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・開き、なるべく多くの新材料、新題目を取りて歌に入れたる達見は、趣味を千年の昔に求めてこれを目睫に失したる真淵、景樹を驚かすべく、進取の気ありて進み得ずししょしゅんじゅんとして姑息に陥りたる諸平、文雄を圧するに足る。徳川時代の歌人がわずかに客・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・国内の混乱時代に両親を失い、浮浪児となった主人公の少年サニカが、労働教育所の共同生活の訓練の間で、どのように人間としての愛を知り、技術を身につけて伸びて行くかという過程が、全巻を圧する簡明な美しさで描かれていた。そこには、ジャンの祖父、レフ・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・大衆の文化を圧する方策が、大衆の現実という名において大衆の頭上にふりかかって来ている。従って、大衆にわかる小説を書かなければならないという一見自明な『文学界』などの提案も、嘗てプロレタリア文学運動が、文学の大衆性と通俗性との相違を明らかにし・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
・・・自分達が主であると頭では分って居るのだが、いざ家でも定めるとなると、家そのもののよさ、わるさが、却って、自分達を圧するような傾向があったのである。 台所は遣って呉れる人があると云う安心も、大きにあずかって力あることだろう。 瓦斯があ・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・それに引き換え、勘次の父は村会を圧する程隆盛になって来た。そこで勘次の父は秋三の家が没落して他人手に渡ろうとした時、復讐と恩酬とを籠めたあらゆる意味において、「今だ!」と思った。そして、妻が反対したのに拘らず、彼は妻の実家を立て直して翌年死・・・ 横光利一 「南北」
・・・さらにまた真理の宝蔵のように大地を圧する殿堂がある。それは人の心を甚深なる実在の奥秘に引き寄せながら、しかも恐怖を追い払う強大な力を印象する。そこには線の太い力の執拗な格闘がある。しかしすべての争闘は結局雄大な調和の内に融け込んでいる。それ・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫