・・・はなくて、多くは其個個が有せる迷信・貪欲・愚癡・妄執・愛着の念を払い得難き性質・境遇等に原因するのである、故に見よ、彼等の境遇や性質が若し一たび改変せられて、此等の事情から解脱するか、或は此等の事情を圧倒するに足るべき他の有力なる事情が出来・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・そこここに高く聳ゆる宏大な建築物は、壮麗で、斬新で、燻んだ従来の形式を圧倒して立つように見えた。何もかも進もうとしている。動揺している。活気に溢れている。新しいものが旧いものに代ろうとしている。八月の日の光は窓の外に満ちて、家々の屋根と緑葉・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・それでも、既にそれぞれ、両親を圧倒し掛けている。父と母は、さながら子供たちの下男下女の趣きを呈しているのである。 夏、家族全部三畳間に集まり、大にぎやか、大混乱の夕食をしたため、父はタオルでやたらに顔の汗を拭き、「めし食って大汗かく・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・熊本君は、佐伯の急激に高揚した意気込みに圧倒され、しぶしぶ立って、「僕は事情をよく知らんのですからね、ほんのお附合いですよ。」「事情なんか、どうだっていいじゃないか。僕の出発を、君は喜んでくれないのか? 君は、エゴイストだ。」「いや・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・そんな、苦心談でもって人を圧倒して迄、お義理の喝采を得ようとは思わない。芸術は、そんなに、人に強いるものではないと思う。 一日に三十枚は平気で書ける作家もいるという。私は一日五枚書くと大威張りだ。描写が下手だから苦労するのである。語・・・ 太宰治 「自作を語る」
・・・木村神崎韓信は、たしかにあのやけくその無頼の徒より弱かったのだ、圧倒せられていたのだ。勝目が無かったのだ。キリストだって、時われに利あらずと見るや、「かくして主は、のがれ去り給えり」という事になっているではないか。 のがれ去るより他は無・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・この現象は現代の東京にもまだあるかもしれないがたぶんは他の二十世紀文化の物音に圧倒されているためにだれも注意しなくなったのであろうと思う。ともかくも気温や風の特異な垂直分布による音響の異常伝播と関係のある怪異であろうと想像される。・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・畢竟するに女大学記者が男尊女卑の主義を張らんとして其根拠なきに苦しみ、纔に古の法なるものを仮り来りて天地など言う空想を楯にし、論法を荘厳にして以て女性を圧倒し、無理にもこれを暗処に蟄伏せしめんとの窮策に出でたるものと言う可し。既に男尊女卑と・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・実明白にして、何等の陋眼をもってこれを視るも、上士を先にするというべからず、下士を後にするというべからず、その目的とするところは正しく中津旧藩の格式りきみを制し、これを制了して共に与に日本社会の虚威を圧倒せんとするもののごとくにして、藩士の・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・異にして義を同じうし、磊々落々は政治家の徳義なりとて、長老その例を示して少壮これに傚い、遂に政治社会一般の風を成し、不品行は人の体面を汚すに足らざるのみならず、最も磊落、最も不品行にして始めて能く他を圧倒するに足るものの如し。 そもそも・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫