・・・同じ白石の在所うまれなる、宮城野と云い信夫と云うを、芝居にて見たるさえ何とやらん初鰹の頃は嬉しからず。ただ南谿が記したる姉妹のこの木像のみ、外ヶ浜の沙漠の中にも緑水のあたり、花菖蒲、色のしたたるを覚ゆる事、巴、山吹のそれにも優れり。幼き頃よ・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ 在所には、旦那方の泊るような旅館がない。片原の町へ宿を取って、鳥博士は、夏から秋へかけて、その時々。足繁くなると、ほとんど毎日のように、明神の森へ通ったが、思う壺の巣が見出せない。 ――村に猟夫が居る。猟夫といっても、南部の猪や、・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 見れば青物を市へ積出した荷車が絶えては続き、街道を在所の方へ曳いて帰る。午後三時を過ぎて秋の日は暮れるに間もあるまいに、停車場の道には向わないで、かえって十二社の方へ靴の尖を廻らして、衝と杖を突出した。 しかもこの人は牛込南町辺に・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ どちらへ曲がったらいいかわからなかったので、しばらくたたずんで、きかかった人に、教会堂の在所をたずねますと、すぐわかって、そこから三、四丁のところでありました。 雪催いの曇った空に、教会堂のとがった三角形の屋根は、黒く描き出されて・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・ 刑務所の書信用紙というのは赤刷りの細かい罫紙で、後の注意という下の欄には――手紙ノ発受ハ親類ノ者ニノミコレヲ許スソノ度数ハ二カ月ゴトニ一回トス賞表ヲ有スル在所人ニハ一回ヲ増ス云々――こういった事項も書きこまれてある。そして手紙の日づけ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・ 二十八年三月の末お絹が親もとより二日ばかり暇をもろうて帰り来よとの手紙あり、珍しき事と叔父幸衛門も怪しみたれどともかくも帰って見るがよかろうと三里離れし在所の自宅へお絹は三角餅を土産に久しぶりにて帰りゆきぬ。何ぞと思えば嫁に行けとの相・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・家も捨て、妻も捨て、子も捨て、不義理のあるたけを後に残して行く時の旦那の道連には若い芸者が一人あったとも聞いたが、その音信不通の旦那の在所が何年か後に遠いところから知れて来て、僅かに手紙の往復があるようになったのも、丁度その頃だ。おげんが旦・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・彼は又、生きた蛙を捕えて、皮を剥ぎ、逆さに棒に差し、蛙の肉の一片に紙を添えて餌をさがしに来る蜂に与え、そんなことをして蜂の巣の在所を知ったことを思出した。彼は都会の人の知らない蜂の子のようなものを好んで食ったばかりでなく、田圃側に葉を垂れて・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
私は、青森県北津軽郡というところで、生れました。今官一とは、同郷であります。彼も、なかなかの、田舎者ですが、私のさとは、彼の生れ在所より、更に十里も山奥でありますから、何をかくそう、私は、もっとひどい田舎者なのであります。・・・ 太宰治 「田舎者」
・・・ ここがわしの生れ在所、四、五丁ゆけば、などと、やや得意そうに説明して聞かせる梅川忠兵衛の新口村は、たいへん可憐な芝居であるが、私の場合は、そうではなかった。忠兵衛が、やたらにプンプン怒っていた。稲田の向うに赤い屋根がチラと見えた。・・・ 太宰治 「故郷」
出典:青空文庫