・・・ 新しい交通機関、例えば地下鉄や高架線が開通すると、誰よりも先に乗ってみないと気のすまないという人がある。つい近ごろ、上野公園西郷銅像の踏んばった脚の下あたりの地下に停車場が出来て、そこから成田行、千葉行の電車が出るようになった。その開・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・ 廊下から中央階段を降りようとする途中で窓越しに東を見ると、地下鉄ビルの照明が見える。サッポロビールの活動照明、ビール罎の中から光の噴泉が花火のように迸しる。 靴が見えない。玄関の隅々をのぞき廻る。「××さん、靴はあちらですよ」。白・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・それから帰宿の途中、地下鉄の昇降器の中で卒倒したが、その時はすぐに回復した。 一九一九年五月十八日の日曜、例の通り教会へ行ったが気分が悪いと云って中途で帰宅し、午後中ソファで寝ていた。翌朝は臥床を離れる元気がなかった。五月二十七日と二十・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・「ハイドパークに面し地下電気へ三分地下鉄道へ五分、貴女と交際の便利あり」なんと云うのがある。「球突随意ピヤノあり gay society, late dinner」これも珍らしくない。「レートジンナー」と云うのはこの頃の流行なのだ。我輩など・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ ふたむかし前のモスクワといえば地下鉄さえなかった。ナチスが侵略して来たとき、雄々しく闘って、世界の民主主義と自分たちの社会を守った青年や少女はやっと生れたばかりであったろう。五ヵ年計画はその第一次が完成したところで、わたしの紹介も終っ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『モスクワ印象記』)」
・・・ 丁度座敷の正面の河中に地下鉄道の工事で出る泥を運搬する棧橋がかかっているのであった。そこへ人が立って時々此方の座敷を見る。「――いつか可笑しなことがありましたよ、もう八九年も前になるな。T子さんと粕壁へ藤見に行ったことがあるんです・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・「つとめですか?」「ええ」「会社?」「地下鉄なんです」「……ストアですか?」「いいえ。――出札」「…………」 自分は異常な注意をよびおこされてそれきり暫く黙っていた。地下鉄ではついこの三月二十日から三日間従業・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・彼は、警察署に行くと、捕えられて来ていたその男を死ぬ程擲きのめし、自分は程近い地下鉄道に轢かれて命を落してしまったのです。 ああ神様。ロザリーは良人に云いました。「子供達が悪かったのではありません。私が天の命に背いたのでした」 ・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
出典:青空文庫