・・・と云いますと、一人の百姓は、「しかし地味はどうかな。」と言いながら、屈んで一本のすすきを引き抜いて、その根から土を掌にふるい落して、しばらく指でこねたり、ちょっと嘗めてみたりしてから云いました。「うん。地味もひどくよくはないが、また・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・石英粗面岩の凝灰岩、大へん地味が悪いのです。赤松とちいさな雑木しか生えていないでしょう。ところがそのへん、麓の緩い傾斜のところには青い立派な闊葉樹が一杯生えているでしょう。あすこは古い沖積扇です。運ばれてきたのです。割合肥沃な土壌を作ってい・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・そういう主観の肯定が日本の地味と武者小路氏という血肉とを濾して、今日どういうものと成って来ているか。 そこには『白樺』がもたらした人間への愛の精神が具体的にどう消長したかも語られていて、さまざまの感想を私たちに抱かせると思う。〔一九四一・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
この頃いったいに女のひとの身なりが地味になって来たということは、往来を歩いてみてもわかる。 ひところは本当にひどくて、女の独断がそのまま色彩のとりあわせや帽子の形やにあらわれているようで、そういう人たちがいわば無邪気で・・・ 宮本百合子 「新しい美をつくる心」
・・・或ものは、何もあろうと思われない瓦の上を、地味な嘴でつついて居る。 暫く眺めて後、私は、箱に手を入れて一掴みの粟を、勢よく、庭先に撒いた。人間より遙かに敏い瞳と、本能を持った彼等が、幾何、一面の苔の間に落ちたとは云え、自分等の好む、餌の・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・稚いといっても小説は地味に大体このような組立てで書かれていってよいものだと思う。〔一九四八年六月〕 宮本百合子 「稚いが地味でよい」
・・・手近で、集団的な生活に小さい愉しみをもたらす手段ともなるのであるから、地味な気質の勤労青年たちがカメラにひかれるわけも分る。午ごろ、お濠ばたを通りかかると一時間の休み時間を金のかからない外気の中で過そうとするあの辺の諸官庁会社の、主として若・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・色の蒼い、長い顔で、髪は刈ってからだいぶ日が立っているらしい。地味な縞の、鈍い、薄青い色の勝った何やらの単物に袴を着けて、少し前屈みになって据わっている。徹夜をした人の目のように、軽い充血の痕の見えている目は、余り周囲の物を見ようともせずに・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・形が地味で、心の気高い、本も少しは読むという娘はないかと思ってみても、あいにくそういう向きの女子は一人もない。どれもどれも平凡きわまった女子ばかりである。 あちこち迷った末に、翁の選択はとうとう手近い川添の娘に落ちた。川添家は同じ清武村・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・そういう季節が、紅葉と新緑とから最も距たっていて、そうして最も落ちついた、地味な美しさのある時である。昔の人はちょうどそのころに年の始めを祝ったのであった。 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫