・・・ 父は例の手帳を取り出して、最近売買の行なわれた地所の価格を披露しにかかると、矢部はその言葉を奪うようにだいたいの相場を自分のほうから切り出した。彼は昨夜の父と監督との話を聞いていたのだが、矢部の言うところはけっしてけたをはずれたような・・・ 有島武郎 「親子」
・・・お寺は地所を貸すんです。」「葬った土とは別なんだね。」「ええ、それで、糸塚、糸巻塚、どっちにしようかっていってるところ。」「どっちにしろ、友禅のに対するなんだろう。」「そんな、ただ思いつき、趣向ですか、そんなんじゃありません・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・負債などは少しもない、地所はうちの倍ある。一度は村長までした人だし、まあお前の婿にして申し分のないつもりじゃ。お前はあそこへゆけばこの上ない仕合せとおれは思うのだ。それでもう家じゅう異存はなし、今はお前の挨拶一つできまるのだ。はずれの旦那は・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・高瀬はすこしばかりの畠の地所を附けてここを借りることにした。 小使いの音吉が来て三尺四方ばかりの炉を新規に築き上げてくれた頃、高瀬は先生の隣屋敷の方からここへ移った。 家の裏には別に細い流があって、石の間を落ちている。山の方から来る・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・毛氈のような草原に二百年もたった柏の木や、百年余の栗の木がぽつぽつ並んで、その間をうねった小道が通っています。地所の片すみに地中から空気を吹き出したり吸い込んだりする井戸があって、そこでその理屈を説明して聞かせました。低気圧が来る時には噴出・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ 水戸の御家人や旗本の空屋敷が其処此処に売物となっていたのをば、維新の革命があって程もなく、新しい時代に乗じた私の父は空屋敷三軒ほどの地所を一まとめに買い占め、古びた庭園や木立をそのままに広い邸宅を新築した。私の生れた時には其の新しい家・・・ 永井荷風 「狐」
・・・元来墓地には制限を置かねばならぬというのが我輩の持論だが、今日のように人口が繁殖して来る際に墓地の如き不生産的地所が殖えるというのは厄介極まる話だ。何も墓地を広くしないからッて死者に対する礼を欠くという訳はない。華族が一人死ぬると長屋の十軒・・・ 正岡子規 「墓」
・・・畑などどしどし宅地に売られ、広い地所をもった植木屋は新しい切り割り道を所有地に貫通させ、奥に、売地と札を立てた四角い地面を幾区画か示している。私なら、ああいう場処に住むのはいやと思った。新開地で樹木が一本もなく赭土がむき出しなばかりではない・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・長尾の地所が二十万円でうれたら結婚する。それまで娘早稲田に聴講生として通う。 ○○された少年 美貌、十六 入院、身体不動 看護婦さわぐ。うるさく。なめる。すいつく。 一人、自分から勝手にひどいことをする。・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ 場末の御かげでかなり広い地所を取って、めったに引越し騒ぎなんかしない家が続いて居るので、ポツッと間にはさまった斯う云う家が余計五月蠅がられたり何かして居るのである。 貸すための家に出来て居るんだから人が借りるのに無理が有ろう筈もな・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
出典:青空文庫