・・・無数の種子を宿している、大きい地面が存在する限りは。 或夜の感想 眠りは死よりも愉快である。少くとも容易には違いあるまい。 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・「ああ云う飛行機に乗っている人は高空の空気ばかり吸っているものだから、だんだんこの地面の上の空気に堪えられないようになってしまうのだって。……」 妻の母の家を後ろにした後、僕は枝一つ動かさない松林の中を歩きながら、じりじり憂鬱になっ・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・波が行ってしまうので地面に足をつけると海岸の方を見ても海岸は見えずに波の脊中だけが見えるのでした。その中にその波がざぶんとくだけます。波打際が一面に白くなって、いきなり砂山や妹の帽子などが手に取るように見えます。それがまたこの上なく面白かっ・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・ところがこれっぱかりの地面をあなたがこの山の中にお持ちになっていたところで万事に不便でもあろうかと……これは私だけの考えを言ってるんですが……」「そのとおりでございます。それで私もとうから……」「とうから……」「さよう、とうから・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 謂う心は、両足を地面に喰っつけていて歌う詩ということである。実人生と何らの間隔なき心持をもって歌う詩ということである。珍味ないしはご馳走ではなく、我々の日常の食事の香の物のごとく、しかく我々に「必要」な詩ということである。――こういう・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・隣りの料理屋の地面から、丈の高いいちじくが繁り立って、僕の二階の家根を上までも越している。いちじくの青い広葉はもろそうなものだが、これを見ていると、何となくしんみりと、気持ちのいいものだから、僕は芭蕉葉や青桐の葉と同様に好きなやつだ。しかも・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・弾丸は三歩程前の地面に中って、弾かれて、今度は一つの窓に中った。窓ががらがらと鳴って壊れたが、その音は女の耳には聞えなかった。どこか屋根の上に隠れて止まっていた一群の鳩が、驚いて飛び立って、たださえ暗い中庭を、一刹那の間一層暗くした。 ・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・そんなことが、たび重なるにつれて、その木の子や、孫が地面上に殖えていって繁栄するのです。」と、お母さんは、おっしゃいました。「考えると、不思議なもんですね。」「それだから、美しい実のなるのも、木には、深い意味があるので、自分の種類を・・・ 小川未明 「赤い実」
・・・そこで村に広い地面を買って、たくさんのりんごの木を植えました。大きないいりんごの実を結ばして、それを諸国に出そうとしたのであります。 彼は、多くの人を雇って、木に肥料をやったり、冬になると囲いをして、雪のために折れないように手をかけたり・・・ 小川未明 「牛女」
・・・ ところが、その時は冬で、地面の上には二三日前に降った雪が、まだ方々に白く残っているというような時でしたから、爺さんはひどく困ったような顔をしました。この冬の真最中に梨の実を取って来いと言われるのは、大江山の鬼の酢味噌が食べたいと言われ・・・ 小山内薫 「梨の実」
出典:青空文庫