・・・中には坊さんが、黒い法衣をきて立っているような、一本の木立も、遠方に見られました。 やっと、海辺の町へ着いて、魚問屋や、漁師の家へいって聞いてみましたけれど、だれも、昨夜、雪の上に火を焚いていたというものを知りませんでした。そして、どこ・・・ 小川未明 「大きなかに」
・・・それにいかに商売でも、ああだしぬけに持ちこまれたんでは、坊さんも戒名には困ったでしょうよ。それでこういった漠然としたところをつけてくれたんじゃないでしょうか」「いやどうしてなかなか、よくおやじの面目をつかんでるよ。外空居士もう今ごろはど・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・山間僻地のここらにしてもちと酷過ぎる鍵裂だらけの古布子の、しかもお坊さんご成人と云いたいように裾短で裄短で汚れ腐ったのを素肌に着て、何だか正体の知れぬ丸木の、杖には長く天秤棒には短いのへ、五合樽の空虚と見えるのを、樹の皮を縄代りにして縛しつ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・杜生はお坊さんで、廷珸の謀った通りになり、鼎は廷珸の手に落ちてしまった。廷珸は大喜びで、天下一品、価値万金なんどと大法螺を吹立て、かねて好事で鳴っている徐六岳という大紳に売付けにかかった。徐六岳を最初から廷珸は好い鳥だと狙っていたのであろう・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・志一や高天は言うに足らない、山伏や坊さんは職分的であるから興味もない。誰かないか。魔法修行のアマチュアは。 ある。先ず第一標本には細川政元を出そう。 彼の応仁の大乱は人も知る通り細川勝元と山名宗全とが天下を半分ずつに分けて取って争っ・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ 坊さんは、じいさんに子どもの名前を聞きました。じいさんは名前の相談をしておくのをすっかり忘れていました。「そうそう。名前がまだきめてありません。ウイリイとつけましょう。」と、じいさんはでたらめにこう言いました。坊さんは帳面へ、その・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ 考えてみると、僕たちだって、小さい時からお婆さんに連れられてお寺参りをしたり、またお葬式や法要の度毎に坊さんのお経を聞き、また国宝の仏像を見て歩いたりしているが、さて、仏教とはどんな宗教かと外国の人に改って聞かれたら、百人の中の九十九・・・ 太宰治 「世界的」
・・・その前で坊さんが二人立ち話をしている。 門を出ると外はからっ風が吹きあれていました。堂の前を右へ回ると塔へ上る階段がある。 薄暗い螺旋形の狭い階段を上って行く。壁には一面のらく書きがしてある。たいてい見物人の名前らしい。登りつめて中・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・書斎の壁にはなんとかいう黄檗の坊さんの書の半折が掛けてあり、天狗の羽団扇のようなものが座右に置いてあった事もあった。セピアのインキで細かく書いたノートがいつも机上にあった。鈴木三重吉君自画の横顔の影法師が壁にはってあったこともある。だれかか・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・見れア忰の位牌を丁と床の間に飾ってお膳がすえてあると云う訳なんだ。坊さんは、××大将は浄土だが、私は真言だからというので、わざわざ真言の坊さんを二人まで呼んで、忰のためにお經をあげて下すったがやすよ。 それから、つい近年まで、法事のある・・・ 徳田秋声 「躯」
出典:青空文庫