・・・ 若い坊さんが「御湯に御這入り」と云う。主人と居士は余が顫えているのを見兼て「公、まず這入れ」と云う。加茂の水の透き徹るなかに全身を浸けたときは歯の根が合わぬくらいであった。湯に入って顫えたものは古往今来たくさんあるまいと思う。湯から出・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・精神的になって来ると――そうですね、古臭い例を引くようでありますが、坊さんというものは肉食妻帯をしない主義であります。それを真宗の方では、ずっと昔から肉を食った、女房を持っている。これはまあ思想上の大革命でしょう。親鸞上人に初めから非常な思・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・○去年の春であったか、非無という年の若い真宗坊さんが来て談しているうちに、話頭はふと宗教の上に落ちて「君に宗教はいらないでしょう」と坊さんが言い出した。そこで「宗教がいるかいらないかそういう事は知らぬけれど、僕は小供のうちから宗教嫌いで・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・ 梟の、きっと大僧正か僧正でしょう、坊さんの講義が又はじまりました。「さらば疾翔大力は、いかなればとて、われわれ同様賤しい鳥の身分より、その様なる結構のお身となられたか。結構のことじゃ。ご自分も又ほかの一切のものも、本願のごとくにお・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・狐にだまされたのなら狐が狐に見えないで女とか坊さんとかに見えるのでしょう。ところが私のはちゃんと狐を狐に見たのです。狐を狐に見たのが若しだまされたものならば人を人に見るのも人にだまされたという訳です。 ただ少しおかしいことは人なら小学校・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・ 善光寺を建てた坊さんは、長野の市街が天然にもっている土地の勾配というものを実にうまくとらえ、造形化したものだと思う。見通しの美的効果というものを、敏感に利用している。その勾配を、小旗握った宿屋の番頭に引率された善男善女の大群が、連綿と・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・本願寺の坊さんが今の世の中に生きていることは仮りの世であって死んでからこそ真実の世界に生きるのだから、現在の苦痛は自分のあきらめた気の持ちようで苦にするなと精神講座を放送するのである。 農村の貧困は事実、一冊の雑誌さえ容易に買えない経済・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・「でもお寺の坊さんが隠しておいてくれるでしょうか」「さあ、それが運験しだよ。開ける運なら坊さんがお前を隠してくれましょう」「そうですね。姉えさんのきょうおっしゃることは、まるで神様か仏様がおっしゃるようです。わたしは考えをきめま・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・佐野さんは親が坊さんにすると云って、例の殺生石の伝説で名高い、源翁禅師を開基としている安穏寺に預けて置くと、お蝶が見初めて、いろいろにして近附いて、最初は容易に聴かなかったのを納得させた。婿を嫌ったのは、佐野さんがあるからの事であった。安穏・・・ 森鴎外 「心中」
ある男が祖父の葬式に行ったときの話です。 田舎のことで葬場は墓地のそばの空地を使うことになっています。大きい松が二、三本、その下に石の棺台、――松の樹陰はようやく坊さんや遺族を覆うくらいで、会葬者は皆炎熱の太陽に照りつけられながら・・・ 和辻哲郎 「土下座」
出典:青空文庫