・・・他の一つはその仮作物語と実社会と直角的に交叉線をなして居る、――物語そのものは垂直線をなして居るのであります。並行線をなして居るのは、作者の思想や感情や趣味が当時の実社会と同じであるところより生じ、交叉線をなすのは作者の思想感情趣味が当時の・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・崖に沿って垂直に下に落ちず、からだが横転して、崖のうえの窪地に落ち込んだ。窪地には、泉からちょろちょろ流れ出す水がたまって、嘉七の背中から腰にかけて骨まで凍るほど冷たかった。 おれは、生きた。死ねなかったのだ。これは、厳粛の事実だ。この・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・右手は岩山であって、すぐ左手には粗い胡麻石が殆ど垂直にそそり立っているのだ。そのあいだに、いま私の歩いている此の道が、六尺ほどの幅で、坦々とつづいている。 道のつきるところまで歩こう。言うすべもない混乱と疲労から、なにものも恐れぬ勇気を・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・池の中島にガルバをすえて、小船でサーモジャンクションを引っぱりあるいては、時々の水温の水平ならびに垂直分布を測った。冬の最中のある日に観測中に某君が誤って水中に落ち、そのために病気を起こした事もあった。水温の分布はあまり珍しい事もなかったが・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・次にXYの面に垂直なZ軸の方向に時間を取る。そうすると色々の母音を順々に発音する状況は一つの空間曲線として表わされる。その曲線は前に云った半円形を基とした半円筒の面の上をあちこち動きながらZの方向に延びて行くのである。 実際にこういう空・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・下のほうからカメラを上向けに、対眼点を高くしてとったために三人の垂直線が互いに傾き合って天の一方に集中しようとした形に現われ、しかも三人の頭が画面の上端に接近しているのでいっそう不思議な効果を呈するのである。これが単にちょっと一風変わった構・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・たとえば一本の鉛筆を垂直に机上に立てて手を離せば鉛筆は倒れるが、それがどの方向に倒れるかはいわゆる偶然が決定するのみで正確な予言は不可能である。しかし時を逆行させる場合にはいろいろな向きに倒れた鉛筆がみんな垂直に起き直るから事がらは簡単にな・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・ これらと少し種類はちがうが、紙上に水平に一直線を描いて、その真中から上に垂直に同長の直線を立てると、その垂直線の方が長く見える。顔の長い人が鳥打帽を冠ると余計に顔が長く見えるという説があるが、これもなんだか関係がありそうである。 ・・・ 寺田寅彦 「観点と距離」
・・・そういうのだと、結実した子房はちゃんと花の中心に起き直って、今まで水平の方向を向いていた柱頭が垂直に天上をさしている。すなわち直角だけ回転している。そうして、おしべはと見るとどこへ行ったかわからない。よく見ると子房の基底部にまっ黒くひからび・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・ 船首から船長の三分の一くらいのところに当って、横に張り渡した横木に大小四本の円筒が並べて垂直に固定してある。筒の外側はアルミニウムペイントで御化粧をしてあるが、金属製だかどうだか見ただけでは分らない。昔は花火の筒と云えば、木筒に竹のた・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
出典:青空文庫