・・・父に似て細面の彼女は函館の生活に磨きをかけられて、この辺では際立って垢抜けがしていた。競馬に加わる若い者はその妙齢な娘の前で手柄を見せようと争った。他人の妾に目星をつけて何になると皮肉をいうものもあった。 何しろ競馬は非常な景気だった。・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・壱岐殿坂時代の緑雨はまだこういう垢抜けした通人的気品を重んずる風が残っていた。 簾藤へ転じてからこの気風が全で変ってしまった。服装も書生風よりはむしろ破落戸――というと語弊があるが、同じ書生風でも堕落書生というような気味合があった。第一・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ バラックだが、安っぽい荒削の木材の生なましさや、俗々しいペンキ塗り立ての感じはなく、この界隈では垢抜けした装飾の店だった。 豹吉はハナヤの前で再び腕時計をみた。十時……。「丁度だ」 はいろうとした途端、中から出て来た一人の・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ 十五年間、私は故郷から離れていたが、故郷も変らないし、また、私も一向に都会人らしく垢抜けていないし、いや、いよいよ田舎臭く野暮ったくなるばかりである。「サロン思想」は、いよいよ私と遠くなる。 このごろ私は、仙台の新聞に「パンドラの・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・一組は、六十くらいの白髪の老爺と、どこか垢抜けした五十くらいの老婆である。品のいい老夫婦である。この在の小金持であろう。白髪の老爺は鼻が高く、右手に金の指輪、むかし遊んだ男かも知れない。からだも薄赤く、ふっくりしている。老婆も、あるいは、煙・・・ 太宰治 「美少女」
・・・おかみさんはまだ婆さんというほどではなく、案外垢抜けのした小柄の女で、上野広小路にあった映画館の案内人をしているとの事であった。爺さんはいつでも手拭を後鉢巻に結んでいるので、禿頭か白髪頭か、それも楽屋中知るものはない。腰も曲ってはいなかった・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・普通選挙だの労働問題だの、いわゆる時事に関する論議は、田舎訛がないとどうも釣合がわるい。垢抜けのした東京の言葉じゃ内閣弾劾の演説も出来まいじゃないか。」「そうとも。演説ばかりじゃない。文学も同じことだな。気分だの気持だのと何処の国の託だ・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・あるいは平々淡々のうちに人を引き着ける垢抜けのした著述を推すもいい。猛烈なものでも、沈静なものでも、形式の整ったものでも、放縦にしてまとまらぬうちに面白味のあるものでも、精緻を極めたものでも、一気に呵成したものでも、神秘的なものでも、写実的・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・ 一寸親子の愛情に譬えて見れば、自分の児は他所の児より賢くて行儀が可いと云う心持ちは、濁って垢抜けのしない心持ちである。然るに垢抜けのした精美された心持ちで考えると、自分の児は可愛いには違いないが、欠点も仲々ある、どうしても他所の児の方・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・けれども、むずかしいのは私の根性が思う通り垢抜けてくれないことだ。〔一九二四年六月〕 宮本百合子 「大切な芽」
出典:青空文庫