・・・殷鑑は遠からず、堀田稲葉の喧嘩にあるではないか。 林右衛門は、こう思うと、居ても立っても、いられないような心もちがした。しかし彼に云わせると、逆上は「体の病」ではない。全く「心の病」である――彼はそこで、放肆を諫めたり、奢侈を諫めたりす・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・今では堀田伯の住邸となってる本所の故宅の庭園は伊藤の全盛時代に椿岳が設計して金に飽かして作ったもので、一木一石が八兵衛兄弟の豪奢と才気の名残を留めておる。地震でドウなったか知らぬが大方今は散々に荒廃したろう。(八兵衛の事蹟については某の著わ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・まねをしている。堀田だな。堀田は赤い毛糸のジャケツを着ているんだ。物を言う口付きが覚束なくて眼はどこを見ているかはっきりしないで黒くてうるんでいる。今はそれがうしろの横でちらっと光る。そこの松林の中から黒い畑が一枚出てきます。(ああ・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・ 曾祖父は堀田の青鬼と綽名された槍術家だった由。息子は体が弱くて、父である青鬼先生に佐分利流の稽古をつけられて度々卒倒するので、これは武術より学問へ進む方がよかろうということになって、二十歳前後には安井息軒についていたらしい。やがて洋学・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・を書き、同志堀田昇一が『中央公論』に「モルヒネ」を書いている。また同志須井一は、「労働者源三」の続篇として「城砦」を『改造』に発表している。これらの諸作品についてはいずれ別の場所で改めてとりあげられるであろうが、共通して一つの感想を抱かせた・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価によせて」
・・・ 母の生れた西村という家は佐倉の堀田家の藩士で、決して豊かな家柄ではなかったらしい。しかし葭江と呼ばれた総領娘である母の娘盛りの頃は、その父が官吏として相当な地位にいたために、おやつには焼きいもをたべながら、華族女学校へは向島から俥で通・・・ 宮本百合子 「母」
・・・働組合の活動と労働者階級の文化活動は、支離滅裂に流れてゆく商業的な文学の空気を貫いて文学サークルを生み出し、全逓従業員の文学作品集『檻の中』、国鉄の詩人たちの詩集、自立劇団の誕生につれて続々あらわれた堀田清美、山田時子、鈴木政男、寺島アキ子・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
・・・ 火みたいな速口で、活溌に、ときにはやや見当はずれに質問動議を連発する堀田昇一。 他の多くの同志のほかに――妙な者が会場に混っている。スパイと警官だ。 赤い布をかけた机に向っている五人の書記が、順ぐり出て、「日本プロレタリア・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
母中條葭江は、明治八年頃東京築地で生れ、五十九歳で没しました。母の実家というのは西村と申し、千葉の佐倉宗五郎の伝説で知られている堀田藩の士で、祖父の代は次男だったので、武術の代りに好きな学問でもやれと言って国学、漢学、蘭学・・・ 宮本百合子 「わが母をおもう」
出典:青空文庫