・・・ 序ながら書き加えるが、小杉氏は詩にも堪能である。が、何でも五言絶句ばかりが、総計十首か十五首しかない。その点は僕によく似ている。しかし出来映えを考えれば、或は僕の詩よりうまいかも知れない。勿論或はまずいかも知れない。・・・ 芥川竜之介 「小杉未醒氏」
・・・――Tは独逸語に堪能だった。が、彼の机上にあるのはいつも英語の本ばかりだった。 偶像 何びとも偶像を破壊することに異存を持っているものはない。同時に又彼自身を偶像にすることに異存を持っているものもない。 又・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・しかし、母親は、子供に堪能するだけ甘いものを与えなかった。彼女は、脇から来て、さっと夫から砂糖の包を引ったくった。「もうこれでえいぞ。」彼女は、子供が拡げて持っている新聞紙へほんの一寸ずつ入れてやった。「あとはまたお節句に団子をこしらえ・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・ 和歌は勿論堪能の人であった。連歌はさまで心を入れたでもなかろうが、それでも緒余としてその道を得ていた。法橋紹巴は当時の連歌の大宗匠であった。しかし長頭丸が植通公を訪うた時、この頃何かの世間話があったかと尋ねられたのに答えて、「聚落の安・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・西洋音楽は自分では分らないと云っていたが、音楽に堪能な令息恭雄氏の話によると相当な批判力をもっていたそうである。 運動で鍛えた身体であったが、中年の頃赤痢にかかってから不断腸の工合が悪かった。留学中など始終これで苦しみ通していた。そのせ・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・ オットセイは鼻の頭で鞠をつく芸当に堪能である。あれはこの動物にとっては全く飼主の曲馬師から褒美の鮮魚一尾を貰うための労役に過ぎないであろうが、娯楽のために入場券を買ってはいった観客の眼には立派な一つの球技として観賞されるであろう。不思・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・のイレーネは長い冬から突然芽立って来たばかりの蕾のような感情の猛烈さ、程よいという表現を知らない荒っぽさで、父への愛、母への愛の自分で知らない嫉妬にめくらになるのだが、私は一人の観客としてこの映画に堪能しないものをのこされた。芸術的な感銘で・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・ 私は今月の初めからずっときのうまで非常に忙しく沢山勉強もしたし、自身で堪能するだけ書くものにしろ深めたものを書いたので、読んでいただけないのがまことに残念です。そのためについ手紙がおそくなった次第です。体も疲れると心臓が苦しいので氷嚢・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 異国風な豊麗さで細々化粧品や装身具などを飾った窓に来かかると、私は、堪能するまで其等の一つ一つを眺める。 本屋の前に出ると、私の眼には、微に意志の光めいたものが浮んだ。表の新着書籍を見わたし終ると、私は、内へ入って行った。丁度、燕・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・仏語に堪能で、海軍の仏印侵略のために、有用な協力をしているというような地位もそのとき知ったように思う。「野呂栄太郎の追憶」の終りにかかれている堂々の発言を見て、私の心が激しくつき動かされたのは、今から七年前の暑い夏、埃くさい公判廷で幾日・・・ 宮本百合子 「信義について」
出典:青空文庫