・・・そうして今夜は人後に落ちず、将軍の握手に報いるため、肉弾になろうと決心した。…… その夜の八時何分か過ぎ、手擲弾に中った江木上等兵は、全身黒焦になったまま、松樹山の山腹に倒れていた。そこへ白襷の兵が一人、何か切れ切れに叫びながら、鉄条網・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・が、僕は西川には何も報いることはできなかった。もし何か報いたとすれば、それはただ足がらをすくって西川を泣かせたことだけであろう。 僕はまた西川といっしょに夏休みなどには旅行した。西川は僕よりも裕福だったらしい。しかし僕らは大旅行をしても・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・並みな若い娘らしい幸福に甘んずることは許されず、姉の一生を吹き渡った孤独な冬の風に自分もまた吹雪と共に吹かれて行こうという道子にとっては、自分の若さや青春を捨てて異境に働き、異境に死ぬよりほかに、姉に報いる道はないと思われた。「お姉さま・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・そしていうまでもなく、社会はそうした傾向に対して最も冷淡に報いるものだ。彼らが社会的に輝やかしい地位をかち得ないのは当然である。 汚れた快楽を追うことの今ひとつの害毒は浪費である。このことは卒業後の生活の物質的計画をきわめて困難な、不可・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・しかし私は至って無器用な者でありまして、有益でもあり、かつ興味もあるというような、気のきいた事を提出致しまして、そして皆さんの思召に酬いる、というような巧なる事はうまく出来ませぬので、已むを得ず自分の方の圃のものをば、取り繕いもしませんで無・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・ 編輯者の同情に報いる為にも私は、思うところを正直に述べなければならない。 こういう言葉がある。「私は、私の仇敵を、ひしと抱擁いたします。息の根を止めて殺してやろう下心。」これは、有名の詩句なんだそうだが、誰の詩句やら、浅学の私には・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・そうして、そのかずかずの大恩に報いる事は、おそらく死ぬまで、出来ないのではあるまいか、と思えば流石に少し、つらいのである。 実に多くの人の世話になった。本当に世話になった。 このたびは、北さんと中畑さんと二人だけの事を書いて置くつも・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・という短篇集をみんなが芥川賞に推していて、私は照れくさく小田君など長い辛棒の精進に報いるのも悪くないと思ったので、一応おことわりして置いたが、お前ほしいか、というお話であった。私は、五、六分、考えてから、返事した。話に出たのなら、先生、不自・・・ 太宰治 「創生記」
・・・そういう人の同情に報いるためには私の絵がもう少し人の目にうまく見えなければ気の毒だと思うのであった。 ほんのだいたいの色と調子の見当をつけたばかりで急いで絵の具箱を片付けてしまった。さてふり返って見るともうだれもいなかった。人々の好奇心・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・されば位階勲章は、官吏が政府の職を勤むるの労に酬いるに非ずして、ただ普通なる日本人の資格をもって、政府の官職をも勤むるほどの才徳を備え、日本国人の中にて抜群の人物なりとて、その人物を表するの意ならん。官吏の内にても、一等官の如きはもっとも易・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
出典:青空文庫