・・・道太は一度も入ったことのないその劇場が、どんな工合のものかと思って、入口へ寄って、場席の手入れや大道具の準備に忙しい中を覗いてみたが、その時はもう絵看板や場代なんかも出ていて、四つの出しもののうち、大切の越後獅子をのぞいたほか、三つとも揃っ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・暖いぷかぷかな場席へ、所謂シークなパリの中流男女、金をつかいに来たアメリカ女が並んで、ソヴェトから買って来て骨をぬいた「アジアの嵐」を観ている。仏領インド支那の農民が反抗すると、フランス政府は瀟洒な飛行機から毒ガスを撒いて殺した。だから原作・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・そして、場席はほかのところにいくらも空いているのに、子供連れの男と向い合って腰をおろしたのである。「満鉄も建設の方だといくらもありますが、……傭員ですからね」「本社員になれないんですか?」「建設の方はまた別で」 声が車輪の音・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
・・・今こそ危いと云う感が一同の胸を貫き、じっと場席にいたたまれなくさせたのだ。 停車した追分駅では、消防夫が、抜刀で、列車の下を捜索した。暫く見廻って、「いない。いない」と云う声が列車の内外でした。それで気が緩もうとすると、前方で、・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫