・・・ このあいだじゅう板塀の土台を塗るために使った防腐塗料をバケツに入れたのが物置きの窓の下においてあった。その中に子猫を取り落としたものと思われた。頭から油をあびた子猫はもう明らかに呼吸が止まっているように見えたが、それでもまだかすかに認・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・化学的染料塗料色素等に関する著書はずいぶんたくさんにあるが、古来のシナ墨、それは現在でもまだかなりに実用に供されているあの墨の詳しい製法を書いたものは容易に見つからない。昔の随筆物なども物色してみたし、古書展覧会などもあさって歩いたがやっぱ・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・あんなものを全身に塗っては健康によくないであろうと思うとあまり好い気持はしなかった。塗料が舞台の板に附くかと思って気をつけて二階から見ていたがそんな風には見えなかった。 どこかの山中の嶮崖を通る鉄道線路の夜景を見せ、最後に機関車が観客席・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・ 十二月の晴々した日かげは、斜めに明るく彼等の足許を照し、新しい家の塗料の微かな匂いと花の呼吸するほのかな香とが、冬枯れた戸外を見晴す広縁に漂った。〔一九二五年五月〕 宮本百合子 「或る日」
・・・緑の豊かな梢から、薄クリーム色に塗料をかけた、木造ながら翼を広やかに張った建物が聳え立っている。そのヴェランダは遠目にも快活に海の展望を恣ままにしているのが想像される。大分坂の上になるらしいが、俥夫はあの玄関まで行くのであろうか。長崎名物の・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・その不恰好な置かたや塗料の匂いまで癪にさわった。彼のまわりでは主人が盗むばかりか、職人達が主人をちょろまかしている。ゴーリキイは何も所有したくなかった。ベランジェの小さい一巻とハイネの詩集ぐらいが彼の全財産である。 彼の周囲の人々はすべ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫