・・・ そこへ…… 六 いかに、あの体では、蝶よりも蠅が集ろう……さし捨のおいらん草など塵塚へ運ぶ途中に似た、いろいろな湯具蹴出し。年増まじりにあくどく化粧った少い女が六七人、汗まみれになって、ついそこへ、並木を来・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 一小間硝子を張って、小形の仏龕、塔のうつし、その祖師の像などを並べた下に、年紀はまだ若そうだが、額のぬけ上った、そして円顔で、眉の濃い、目の柔和な男が、道の向うさがりに大きな塵塚に対しつつ、口をへの字形に結んで泰然として、胡坐で細工盤・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・とある書窓の奥にはまた、あわれ今後の半生をかけて、一大哲理の研究に身を投じ尽さんものと、世故の煩を将って塵塚のただ中へ投げ捨てたる人あり。その人は誰なるらん。荻の上風、桐は枝ばかりになりぬ。明日は誰が身の。・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ 科学者のに限らず、一般に随筆と称するものは従来文学の世界の片すみの塵塚のかたわらにかすかな存在を認められていたようである。現在でも月刊雑誌の編集部では随筆の類は「中間物」と称する部類に編入され、カフェーの内幕話や、心中実話の類と肩をな・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・そうしてみがけば輝くべき天下の美玉が塵塚に埋められるのである。これも人間的自然現象の一つでどうにもならないかもしれない。しかしそういう場合に、もし感情は感情として、ほんとうの学問のために冷静な判断を下し、泥土によごれた玉を認めることができた・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・そうでないものは塵塚に捨てられ、存在をさえ否定された。それと共に無意味の中に潜んだ重大な意味の可能性は葬られてしまうのである。幾千年来伝わった民族固有の文化の中から常に新しいものを取り出して、新しくそれを展開させる人はどこにもなかった。「改・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・そのようにして塵塚に埋れた真珠はないだろうか。 根拠の無い事を肯定するのが迷信ならば、否定すべき反証の明らかでない命題を否定するのは、少なくも軽率とは云われよう。分らぬ事として竿の先に吊しておくのは慎重ではあろうが忠実とは云われまい。例・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・されば古老の随筆にして行賈の風俗を記載せざるものは稀であるが、その中に就いて、曳尾庵がわが衣の如き、小川顕道が塵塚談の如きは、今猶好事家必読の書目中に数えられている。是亦わたくしの贅するに及ばぬことであろう。昭和二年十一月記・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・こりゃ読む者が、その中から小銭を見つけ出さなけりゃならない塵塚だ、とね。誰かがそいつを見つけるかも知れん。だが、見つけられねえかもしれん。小説はまるで芝居で最後の幕がしまるように終ってる。作者の言葉は、重っ苦しい。大衆の会話は――長談議だ。・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫