・・・…… 墓参のよしを聴いて爺さんが言ったのである。「ほか寺の仏事の手伝いやら托鉢やらで、こちとら同様、細い煙を立てていなさるでなす。」 あいにく留守だが、そこは雲水、風の加減で、ふわりと帰る事もあろう。「まあ一服さっせえまし、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ と、袖に取った輪鉦形に肱をあげて、打傾きざまに、墓参の男を熟と視て、「多くは故人になられたり、他国をなすったり、久しく、御墓参の方もありませぬ。……あんたは御縁辺であらっしゃるかの。」「お上人様。」 裾冷く、鼻じろんだ顔を・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 毎夕納涼台に集る輩は、喋々しく蝦蟇法師の噂をなして、何者にまれ乞食僧の昼間の住家を探り出だして、その来歴を発出さむ者には、賭物として金一円を抛たむと言いあえりき、一夕お通は例の如く野田山に墓参して、家に帰れば日は暮れつ。火を点じて後、・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・お祖父さんの墓参をかねて、九十九里へいってみようと思って……」「ああそうかい、なるほどそういえばだれかからそんな噂を聞いたっけ」 手拭を頭に巻きつけ筒袖姿の、顔はしわだらけに手もやせ細ってる姉は、無い力を出して、ざくりざくり桑を大切・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・父は彼の岩本入蔵中にみまかったのでその墓参をかねての帰省であった。「日蓮此の法門の故に怨まれて死せんこと決定也。今一度故郷へ下つて親しき人々をも見ばやと思ひ、文永元年十月三日に安房国へ下つて三十余日也。」 折しも母は大病であったのを・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 観行院様は非常に厳格で、非常に規則立った、非常に潔癖な、義務は必らず果すというような方でしたから、種善院様其他の墓参等は毫も御怠りなさること無く、また仏法を御信心でしたから、開帳などのある時は御出かけになり、柴又の帝釈あたりなどへも折・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・嫂の墓参に。そのお供に。入れかわり立ちかわり訪ねて来る村の人たちの応接に。午後に、また私は人を避けて、炉ばたつづきの六畳ばかりの部屋に太郎を見つけた。「とうさん、みやげはこれっきり?」「なんだい、これっきりとは。」 私は約束の柱・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・いちいち腰をかがめてステッキをついて歩いていると、私は墓参の老婆のように見えるであろう。五、六年前に、登山用のピッケルの細長いのを見つけて、それをついて街を歩いていたら、やはり友人に悪趣味であると言って怒られ、あわてて中止したが、何も私は趣・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・たとえば、身近い人の臨終を題としたもので病中の状況から最期の光景、葬列、墓参というふうに事件を進行的に順々に詠んで行ってあるが、その中に一見それらの事件とは直接なんら論理的に必然な交渉はないような景物を詠んだ歌をいわゆるモンタージュ的に插入・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・それは四日の日で、道太は途中少し廻り道をして、墓参をしてから、ここへやってきた。そして大きな褄楊枝で草色をした牛皮を食べていると、お湯の加減がいいというので、湯殿へ入っていった。すると親類の一人から電話がかかって、辰之助が出てゆくと、今避難・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫