・・・この楢屋の主人はその頃マダ若かったが、先代からの江戸の通人で、文人墨客と広く交際していた。或時椿岳がフラリと来て、主人に向っていうには、俺の処へ画を頼みに来るものも多いが、紙ばっかりでトンと絹を持って来ない、どうだい、一つ絹に描かしてくれな・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・温泉宿の一室に於いて、床柱を背負って泰然とおさまり、机の上には原稿用紙をひろげ、もの憂げに煙草のけむりの行末を眺め、長髪を掻き上げて、軽く咳ばらいするところなど、すでに一個の文人墨客の風情がある。けれども、その、むだなポオズにも、すぐ疲れて・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・当時のいわゆる文人墨客の群れがしばしばその家に会しては酒をのんで寄せがきをやっていたりした。一方ではまた当時の自由党員として地方政客の間にも往来し、後には県農会の会頭とか、副会頭とか、そういう公務にもたずさわっていたようであるが、そういう方・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
出典:青空文庫