・・・人々はその馬を見ると敬意を払うように互にうなずき合って今年の糶では一番物だと賞め合った。仁右衛門はそういう私語を聞くといい気持ちになって、いやでも勝って見せるぞと思った。六頭の馬がスタートに近づいた。さっと旗が降りた時仁右衛門はわざと出おく・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・「力は入るね、尾を取って頭を下げ下げ、段々に糶るのは、底力は入るが、見ていて陰気だね。」 と黒い外套を着た男が、同伴の、意気で優容の円髷に、低声で云った。「そう。でも大鯛をせるのには、どこでもああするのじゃアありません?……」・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・その中へ、炬燵が化けて歩行き出した体に、むっくりと、大きな風呂敷包を背負った形が糶上る。消え残った灯の前に、霜に焼けた脚が赤く見える。 中には荷車が迎に来る、自転車を引出すのもある。年寄には孫、女房にはその亭主が、どの店にも一人二人、人・・・ 泉鏡花 「露肆」
出典:青空文庫