・・・ 大学の玄関の左側にはちょっとした売店があって文具や、それから牛乳パンくらいを売っていたような気がする。オペラ、芝居、それから学生見学団のビラなどが貼ってあった。十時頃にはよく玄関でシンケン・ブロートの立喰いをしながらそんなビラを読んで・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・小学時代に、夏が来ると南磧に納涼場が開かれて、河原の砂原に葦簾張りの氷店や売店が並び、また蓆囲いの見世物小屋がその間に高くそびえていた。昼間見ると乞食王国の首都かと思うほどきたないながめであったが、夜目にはそれがいかにも涼しげに見えた。父は・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・ 後から、駅の待合室へ行って見たが、そんな名物の売店なし。又電燈でぼんやり照らされている野天のプラットフォームへ出て、通りかかった国家保安部の制服をきた男に、 ――あなたそれどこでお買いになりました? 私売店をさがしてるんですが――・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・農場の広っぱに国立出版所の赤い星で飾った売店があって、本や雑誌をうっている。 働くばかりではない。文化も高まって来るのがソヴェト同盟の農民の生活である。私は、クリミヤ地方を旅行した時見た農民のための療養院の話もした。海に、面して眺望絶佳・・・ 宮本百合子 「今にわれらも」
・・・洒落た鎌と槌との飾りをつけた小屋に、国立出版所の売店が本をならべている。―― 大体ソヴェト同盟の五ヵ年計画は、いろいろと予想外の飛躍をもって進展しているが、例えば農村における集団農場化の問題がある。 これは、ソヴェト同盟の最も積極的・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・―― 一月の二十三日に行ったとき、売店から梅の鉢を入れるよう頼んだのですが、どんな梅がはいりましたろう。この家の庭に山茶花はあるが梅はありません。門を入ったところには、それでも赤松が一本あるの。私は、ホラ先動坂の家へ咲枝[自注3]が持っ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・在、感じている日本文学のもの足りなさは、それが未熟だからでも、稚拙だからでもなく、それどころか、どの作品も趣向はそれぞれにこらしてあって、手綺麗に色もとりどりであるけれども、そのあまりにも多くが、駅の売店につられている派手なセロファン人形だ・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・―― 我々は閉めかけた場内の売店で、燻肉ののったパンをたべ茶を飲んだ。椅子が逆にテーブルの上にのっている。コップでレモンの輪が黄いろい。 この演出に、我々はクニッペルやスタニスラフスキー、カチャロフその他昔から深い繋りを作品と持って・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・ 一つは、電気器具販売店、一つは、仏蘭西香水の売店。 どちらも一階の往来に面した処にあった。真鍮の太い手摺にぴったりよって立ち、私は、ぼんやり空想の世界に溶け込む。 ああ、あの高貴そうな金唐草の頸長瓶に湛えられている、とろりとし・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・その濃い枝の下に、新聞雑誌の売店、赤い果物汁飲料のガラス瓶。 古いくり形飾を窓枠につけたロシア風な小家。それを曲って、わきの空地に馬糞がある。蠅がとんでいる。――町はずれである。 二人の日本女は、右手に見える白い大拱門を入って行った・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫