・・・性来頗る器用人で、影画の紙人形を切るのを売物として、鋏一挺で日本中を廻国した変り者だった。挙句が江戸の馬喰町に落付いて旅籠屋の「ゲダイ」となった。この「ゲダイ」というは馬喰町の郡代屋敷へ訴訟に上る地方人の告訴状の代書もすれば相談対手にもなる・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・こういう人はとかくに案内書や人の話を無視し、あるいはわざと避けたがる。便利と安全を買うために自分を売る事を恐れるからである。こういう変わり者はどうかすると万人の見るものを見落としがちである代わりに、いかなる案内記にもかいてないいいものを掘り・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・もし誰か金持の中の変り者でもあって、月並の下らないいわゆる社会事業などに出す金をこの方面に注いで、そうして適当な監督を見出し養成すればあるいは出来るかもしれないのである。しかしそれよりも先に一般民衆が教育映画というものの価値を十分に認めるこ・・・ 寺田寅彦 「教育映画について」
・・・たとえ取締規則がこれを許しても、また二、三の変り者が実例を示して鼓吹したにしてもあまり流行はしそうもない、してもあの緊張した空気の中で好い声が楽に出ようとは思われない。 電車のゴウゴウと鳴る音のエネルギーの源をだんだんに捜して行くと思い・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・ 高浜、坂本、寒川諸氏と先生と自分とで神田連雀町の鶏肉屋へ昼飯を食いに行った時、須田町へんを歩きながら寒川氏が話した、ある変わり者の新聞記者の身投げの場面がやはり「猫」の一節に寒月君の行跡の一つとして現われているのである。 上野の音・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・皆は私を変り者あつかいにしたし、自分も亦、その人達の群からは「変り物」になる事を欲して居た。 何でも秋であった。 私は少しほか人の居ない静かな放課後の校庭の隅に有る丸太落しの上に腰をかけて膝の上に両手を立ててその上に頬をのせて、黄色・・・ 宮本百合子 「M子」
・・・あの変り者のカーライルでも沙翁の家へ行ったときは自分の名など書く気になったのであろうかと面白い。ダンテの名もあるとハガキに父は書いているが、神曲の作者は沙翁がエリザベス女皇の劇場で活躍するより数世紀以前に白骨となっている。どこの、どの、神曲・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
出典:青空文庫