・・・男はお蓮のいる家へ、不相変通って来る途中、何か間違いに遇ったのかも知れない。さもなければ忘れたように、ふっつり来なくなってしまったのは、――お蓮は白粉を刷いた片頬に、炭火の火照りを感じながら、いつか火箸を弄んでいる彼女自身を見出した。「・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・法則を利用する評家が変通の理を解せんのである。 作家は造物主である。造物主である以上は評家の予期するものばかりは拵らえぬ。突然として破天荒の作物を天降らせて評家の脳を奪う事がある。中学の課目は文部省できめてある。課目以外の答案を出して採・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・令子は変通自在な銀の小さい月を漁師の掌の上に落した。 松の梢と日除けがあって、月は令子の部屋へさし込まなかった。雲も出た。畳へ横わって待って居ると、雲を出た月は輝きを放つ間もなく流れて来る雲に憂鬱に埋められた。海はここの下で入江になって・・・ 宮本百合子 「黒い驢馬と白い山羊」
・・・事実が単純でない以上、大衆がいつの間にかあの憎むべき変通自在性を過少評価するような固定した形にだけ様式化して扱うのは危険だ。―― この事は、あらゆる芸術の分野に亙って再吟味された。 文学の領域では、既に一九二九年プロレタリア・リアリ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・人民の力の表現である真に民主的な政党は、治安維持法こそないが、他の変通自在な便法によって圧殺され、日本人民は、自主の黎明において自分の道をはぐらかされまいものでもないのである。 農村の自主化、都市労働者の生産管理による必要物資のより多量・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・「話では、天狗は変通自在のものだと云います。私もどうせ喰われるからには、どうか一目あなたがほんとの大天狗かどうかを、見て死にたいと思います」 天狗はカラカラと笑って「雑作もないことだ。註文を出せ。どんなものにでもなってやる」と云った・・・ 宮本百合子 「ブルジョア作家のファッショ化に就て」
出典:青空文庫