・・・ 僕はまた西川といっしょに夏休みなどには旅行した。西川は僕よりも裕福だったらしい。しかし僕らは大旅行をしても、旅費は二十円を越えたことはなかった。僕はやはり西川といっしょに中里介山氏の「大菩薩峠」に近い丹波山という寒村に泊まり、一等三十・・・ 芥川竜之介 「追憶」
今年の夏休みに、正雄さんは、母さんや姉さんに連れられて、江の島の別荘へ避暑にまいりました。正雄さんは海が珍しいので、毎日朝から晩まで、海辺へ出ては、美しい貝がらや、小石などを拾い集めて、それをたもとに入れて、重くなったのをかかえて家へ・・・ 小川未明 「海の少年」
・・・ 夏休みになったある日のことでありました。彼は麓の森の中に入って、またいつもの木の根に腰をかけて心ゆくばかり笛を吹き鳴らそうと思い、家を出かけました。緑の森の中に入ると、ちょうど緑色の世界に入ったような気持ちがいたしました。足もとには、・・・ 小川未明 「どこで笛吹く」
・・・ 二 両人は、息子のために気まずい云い合いをしながらも、息子から親を思う手紙を受け取ったり、夏休みに帰った息子の顔を見たりすると、急にそれまでの苦労を忘れてしまったかのように喜んだ。初めのうち、清三は夏休み中、池の・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・三吉が小山の家の方から通っている同じ学校の先生で、夏休みを機会に鼻の療治を受けに来ている人があると、三吉は直ぐそれを知らせにおげんのところへ飛んで来るし、あわれげな唖の小娘を連れて遠い山家の方から医院に着いた夫婦があると、それも知らせに飛ん・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・長兄は、もう結婚していて、当時、小さい女の子がひとり生れていましたが、夏休みになると、東京から、A市から、H市から、ほうぼうの学校から、若い叔父や叔母が家へ帰って来て、それが皆一室に集り、おいで東京の叔父さんのとこへ、おいでA叔母さんのとこ・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ 私はそのとき以来、兄たちが夏休み毎に東京から持って来るさまざまの文学雑誌の中から、井伏さんの作品を捜し出して、読み、その度毎に、実に、快哉を叫んだ。 やがて、井伏さんの最初の短篇集「夜ふけと梅の花」が新潮社から出版せられて、私はそ・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・「言わなければならぬと思いながら言えない。夏休みになったら手紙をかこうと決心した。手紙をかき度い。かかなければならぬと、思いながらなぜかけないのかということを考えた。『人は人を嘲うべきものでない』と言って呉れても、未だかけなかった。手紙・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・おととしの夏休みに、北海道のお姉さんの家へ遊びに行ったときのことを思い出す。苫小牧のお姉さんの家は、海岸に近いゆえか、始終お魚の臭いがしていた。お姉さんが、あのお家のがらんと広いお台所で、夕方ひとり、白い女らしい手で、上手にお魚をお料理して・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・年月を経るにしたがい、つるに就いての記憶も薄れて、私が高等学校にはいったとし、夏休みに帰郷して、つるが死んだことを家のひとたちから聞かされたけれど、別段、泣きもしなかった。つるの亭主は、甲州の甲斐絹問屋の番頭で、いちど妻に死なれ、子供もなか・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
出典:青空文庫