・・・けれどもあなたは夏休みにも冬休みにも一こう村へ帰って来ないで、そのうちにあなたが、あなたの学校の先生で小説家でもある島田哲郎と結婚したという事を聞きました。まあ私の間の悪さはどんなだったか、察して下さい。私はそれから人が変りました。うちの精・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・ 活動写真を始めて見たのはたぶん明治三十年代であったかと思う。夏休みに帰省中、鏡川原の納涼場で、見すぼらしい蓆囲いの小屋掛けの中でであった。おりから驟雨のあとで場内の片すみには川水がピタピタあふれ込んでいた。映画はあひる泥坊を追っかける・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・ 今ここに夏休みに温泉に出かけようとする人がある。その人にとっては先ず全国の温泉案内書のようなものは甚だ重宝である。それで調べていよいよある温泉に行くとなると、今度はその温泉の案内に明るい人の話が聞きたくなるのである。前に述べた二種の権・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
十五年ほど前の夏休みに松原湖へ遊びに行った帰りの汽車を軽井沢でおり、ひと汽車だけの時間を利用してこの付近を歩いたことがあった。その時の記憶と今度行って見た軽井沢とで、目についた相違はと言えば、機関車の動力が電気になっている・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・十八歳の夏休みに東京へ遊びに来て尾張町のI家に厄介になっていた頃、銀座通りを馬車で通る赤服の岩谷天狗松平氏を見掛けた記憶がある。銀座二丁目辺の東側に店があって、赤塗壁の軒の上に大きな天狗の面がその傍若無人の鼻を往来の上に突出していたように思・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・大学の二年から三年に移った夏休みに、呼吸器の病気を発見したために、まる一年休学して郷里の海岸に遊んでいたころ、その病気によくきくと言ってある親戚から笹百合というものの球根を送ってくれた事があった。それを炮烙で炒ってお八つの代わりに食ったりし・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・少なくも、そういうふうにその時の先生の話を了解したので、急に優勢な援兵を得たように勇気を増して、夏休みに帰省した時にとうとう父を説き伏せ、そうして三年生になると同時に理科に鞍がえをしたのである。それがために後日できそこないの汽船をこしらえて・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・ 五 幼い Ennui 夏休み中に一度は子供等を連れて近くの海岸へ日返りの旅をするのが近年の常例になっていた。その以前には一週間くらい泊りがけで出かける事にしていたが、そうするときっときまったように誰かが転地先で病・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
夏休みが終って残暑の幾日かが続いた後、一日二日強い雨でも降って、そしてからりと晴れたような朝、清冽な空気が鼻腔から頭へ滲み入ると同時に「秋」の心像が一度に意識の地平線上に湧き上がる。その地平線の一方には上野竹の台のあの見窄・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
夏休みの十五日の農場実習の間に、私どもがイギリス海岸とあだ名をつけて、二日か三日ごと、仕事が一きりつくたびに、よく遊びに行った処がありました。 それは本とうは海岸ではなくて、いかにも海岸の風をした川の岸です。北上川の西岸でした。東・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
出典:青空文庫