・・・を動かすのではないかと思う。そしてそれは死生の境に出入する大患と、なんらかの点において非凡な人間との偶然な結合によってのみ始めて生じうる文辞の宝玉であるからであろう。 岩波文庫の「仰臥漫録」を夏服のかくしに入れてある。電車の中でも時々読・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・大内は夏服の上に黄色な実習服を着て結びを腰にさげてずんずん藪をこいで行く。よくこいで行く。急にけわしい段がある。木につかまれ木は光る。雑木は二本雑木が光る。「じゃ木さば保ご附くこなしだじゃぃ。」誰かがうしろで叫んでいる。どういう意味・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・ 格子の内に、白い夏服を着、丸顔で髪の黒い一人の外国人が入って来る。 そして、貸家が欲しいと云う。そこに居合わせた、自分等を入れて四五人の人間は、一時に好意ある好奇心を感じた。 指ケ谷辺で、二階のある家、なおよろしい。あまり高い・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
・・・私達の通知状を世話やいてくれたし、そんなこんなでまわしたのですが、黙ってそんなことをしていけなかったかしら。夏服も同じ人に使せました。冬服は私のいない時にだまされて誰かにとられてしまいました。四谷に国男さん達が住んでいた頃。こういう風に書い・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・その一人一人の後から、「ありがとうございます」と云うのである。その夏服の肩や襟のあたりはいい加減やけている。きょう一日のスキャッブ代金四円をこの男は夜になってどんな感情で数えるであろうかと思った。 昭和七年の争議では強制調停によ・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・爽やかな白いテーブルクロスの間を白い夏服の将官たちが入口から流れ込んで来た。梶は、敗戦の将たちの灯火を受けた胸の流れが、漣のような忙しい白さで着席していく姿と、自分の横の芝生にいま寝そべって、半身を捻じ曲げたまま灯の中をさし覗いている栖方を・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫