・・・ 勿論この怖れは、一方絶えず、外界の刺戟から来るいら立たしさに、かき消された。が、そのいら立たしさがまた、他方では、ややもすると、この怖れを眼ざめさせた。――云わば、修理の心は、自分の尾を追いかける猫のように、休みなく、不安から不安へと・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・そうして私は実に、そう云う外界の中に、突然この存在以外の存在を、目前に見たのでございます。私の錯愕は、そのために、一層驚くべきものになりました。私の恐怖は、そのために、一層恐るべきものになりました。もし妻がその時眼をあげて、私の方を一瞥しな・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・こってきたかと考えてみると、それはもちろん私の父の勤労や投入資金の利子やが計上された結果として、価格の高まったことになったには違いありませんが、そればかりが唯一の原因と考えるのは大きな間違いであって、外界の事情が進むに従って、こちらでは手を・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・筋とか、時間的の変遷とか云うものを描くのではなくて、そこに自分が外界から受け得た刺戟とか、胸の中の苦悶とかを象徴的に映出するのである。それには無論強烈な色彩を以てしなければならないと思う。 丁度、絵画に於ける色彩派が使うような色で描き現・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・苟も吾々の肉体に於て、有ゆる外界の刺戟に堪え得るは僅に廿歳より卅歳位迄の極めて短かい年月ではないか、そして年と共に肉体的の疲労を感じて来て何程思想の上に於て願望すればとて、終には外界の刺戟は鋭く感覚に上って来なくなるのは明かな事実である。此・・・ 小川未明 「絶望より生ずる文芸」
・・・そしてまた、私をそうさせた外界というものに対決しようと思う。これらは、文学でのみ出来る仕事だからだ。この点、私は幸福をすら感じている。 私がしかし、右の仕事を終った時どうなるか。私が目下書きまくっている種類の作品を書きつくした時、私は何・・・ 織田作之助 「私の文学」
・・・そして裡に住むべきところをなくした魂は、常に外界へ逃れよう逃れようと焦慮っていた。――昼は部屋の窓を展いて盲人のようにそとの風景を凝視める。夜は屋の外の物音や鉄瓶の音に聾者のような耳を澄ます。 冬至に近づいてゆく十一月の脆い陽ざしは、し・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・衷心騒がしき時いかで外界の物音を聞き得ん。 青年の心には深き悲しみありて霧のごとくかかれり、そは静かにして重き冷霧なり。かれは木の葉一つ落ちし音にも耳傾け、林を隔てて遠く響く轍の音、風ありとも覚えぬに私語く枯れ葉の音にも耳を澄ましぬ。山・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・彼は、はっきり分っていた。帰るには、階段をおりて、暗い廊下を通らなければならなかった。そこを逃げ出して行く。両側の扉から憲兵が、素早く手を突き出して、掴まえるだろう。彼は、外界から、確然と距てられたところへ連れこまれた。そこには、冷酷な牢獄・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・と、その反対に、外界の寒気と氷の夜の風景が、はっきりと窓に映ってきた。 河を乗り起してやってくる馬橇が見えた。警戒兵としての経験からくるある直感で、ワーシカは、すぐ、労働組合の労働者ではなく、密輸入者の橇であると神経に感じた。銃をとると・・・ 黒島伝治 「国境」
出典:青空文庫